追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路
第03話 王妃の意志 【王妃視点】
――この王宮は、昔からずっと、私の庭だ。
玉座は私のものではないが、玉座に座る者の隣に立つことができる――それが、王妃という立場の強み。
政に関与する女は疎まれる事もあるが、私は違う。
私がこの王家を守ってきた――貴族院を動かし、諸侯を押さえ、民の信頼を得るための策略を練ってきたのは、すべて私だ。
……そう。セレスティア・アルセインのような、若く、生真面目で、己の正義を振りかざす娘など不要なのだ。
あの子は【良識】という仮面をかぶっているが、実のところはただの理想主義者。
正しければ人は動くとでも思っている。甘い、幼い、そして愚かしい。
「……目障りな娘ですわね」
独り言のように呟いた私に、隣に控えていた女が、くすりと笑う。
「ええ、王妃様。あの娘がいる限りレオン様の御心も、政も、落ち着くことはないでしょうね」
声の主は、エリス・レイフォードーー私が育てた、忠実な駒のような存在。
彼女はもとは地方の下級貴族の娘にすぎなかったが、美貌と機転に優れていた。少しずつ王宮に引き入れ、教育し、王太子――レオンハルトの寵愛を得るよう仕向けた。
あの子は本当に従順だ。
目が利き、空気を読み、そして自分の立場を弁えており、セレスティアのように私の前で意見など言わない。
必要なのは、そういう扱いやすい女なのだ。
「――セレスティアには、少々舞台から降りてもらいましょう。できるだけ、穏便に」
「もしかして……濡れ衣を?」
エリスの問いに、私はゆるく首を振った。
「いいえ。【真実】をね。誰もが信じたがるようなもっともらしい真実を作るのです」
王宮という場所は、事実よりも空気がものを言う。噂は剣より鋭く、事実はいつでも作り直せる。
セレスティアが敵国と内通していたという証拠、王宮の機密に不審な出入りがあったという証言、忠義に篤い侍女を買収し、作り話を吹き込ませる。
そう言った『誤解の積み重ね』が、誰かを断罪するには十分だ。
「うまくいけば、追放ですみますわ。首を落とすより民の受けも良いでしょう」
エリスがほほ笑みながら言う。
やはり、この子は優秀だ。
少し野心が過ぎるところが難点だが……それもまた、利用できる。
そこへ、老貴族のひとり――アーヴィン卿が私室を訪れた。
彼は貴族派の重鎮であり、私の政敵でもあるが、今は一時的に利害が一致している。
「王妃様。例の件、我々の側も動いております。貴族院の証人、三名確保済みです。皆、アルセイン家の発言力を恐れておりましてな……お互いに都合が良いというわけです」
「ご苦労でした、アーヴィン卿。協力に感謝します」
彼が礼を取ると、私はそっと手を差し出した。
握手などしない。ただ、触れさせてやるだけでいい。この関係は、取引であり、忠誠ではない。
「セレスティアが去れば、アルセイン家は落ちます。次の王太子妃には、従順な者を――ええ、レオンももう気づいているはずです。あの娘よりも、自分を甘やかしてくれる女を、望んでいることに」
私は椅子に背を預け、ゆっくりと目を閉じた。
――理想を振りかざす娘より、私の王国には、従順で、口をつぐみ、望まれた笑顔を浮かべる女の方がふさわしい。
この国の未来は、私が決める。
たとえ誰が泣こうと、叫ぼうと――私の意志が、正義となるのだから。
静かに私は、笑いを零した。
玉座は私のものではないが、玉座に座る者の隣に立つことができる――それが、王妃という立場の強み。
政に関与する女は疎まれる事もあるが、私は違う。
私がこの王家を守ってきた――貴族院を動かし、諸侯を押さえ、民の信頼を得るための策略を練ってきたのは、すべて私だ。
……そう。セレスティア・アルセインのような、若く、生真面目で、己の正義を振りかざす娘など不要なのだ。
あの子は【良識】という仮面をかぶっているが、実のところはただの理想主義者。
正しければ人は動くとでも思っている。甘い、幼い、そして愚かしい。
「……目障りな娘ですわね」
独り言のように呟いた私に、隣に控えていた女が、くすりと笑う。
「ええ、王妃様。あの娘がいる限りレオン様の御心も、政も、落ち着くことはないでしょうね」
声の主は、エリス・レイフォードーー私が育てた、忠実な駒のような存在。
彼女はもとは地方の下級貴族の娘にすぎなかったが、美貌と機転に優れていた。少しずつ王宮に引き入れ、教育し、王太子――レオンハルトの寵愛を得るよう仕向けた。
あの子は本当に従順だ。
目が利き、空気を読み、そして自分の立場を弁えており、セレスティアのように私の前で意見など言わない。
必要なのは、そういう扱いやすい女なのだ。
「――セレスティアには、少々舞台から降りてもらいましょう。できるだけ、穏便に」
「もしかして……濡れ衣を?」
エリスの問いに、私はゆるく首を振った。
「いいえ。【真実】をね。誰もが信じたがるようなもっともらしい真実を作るのです」
王宮という場所は、事実よりも空気がものを言う。噂は剣より鋭く、事実はいつでも作り直せる。
セレスティアが敵国と内通していたという証拠、王宮の機密に不審な出入りがあったという証言、忠義に篤い侍女を買収し、作り話を吹き込ませる。
そう言った『誤解の積み重ね』が、誰かを断罪するには十分だ。
「うまくいけば、追放ですみますわ。首を落とすより民の受けも良いでしょう」
エリスがほほ笑みながら言う。
やはり、この子は優秀だ。
少し野心が過ぎるところが難点だが……それもまた、利用できる。
そこへ、老貴族のひとり――アーヴィン卿が私室を訪れた。
彼は貴族派の重鎮であり、私の政敵でもあるが、今は一時的に利害が一致している。
「王妃様。例の件、我々の側も動いております。貴族院の証人、三名確保済みです。皆、アルセイン家の発言力を恐れておりましてな……お互いに都合が良いというわけです」
「ご苦労でした、アーヴィン卿。協力に感謝します」
彼が礼を取ると、私はそっと手を差し出した。
握手などしない。ただ、触れさせてやるだけでいい。この関係は、取引であり、忠誠ではない。
「セレスティアが去れば、アルセイン家は落ちます。次の王太子妃には、従順な者を――ええ、レオンももう気づいているはずです。あの娘よりも、自分を甘やかしてくれる女を、望んでいることに」
私は椅子に背を預け、ゆっくりと目を閉じた。
――理想を振りかざす娘より、私の王国には、従順で、口をつぐみ、望まれた笑顔を浮かべる女の方がふさわしい。
この国の未来は、私が決める。
たとえ誰が泣こうと、叫ぼうと――私の意志が、正義となるのだから。
静かに私は、笑いを零した。