追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路

第04話 突然の告発

 王宮の大広間に足を踏み入れた瞬間、空気が突然変わったのがわかった。
 石造りの広間にはいつも通り重厚な赤絨毯が敷かれ、陽光はステンドグラス越しに降り注いでいる。
 けれど、その美しさの奥に、妙な静けさと緊張が満ちていた。
 私はそれを、ただの思い過ごしだと自分に言い聞かせていた。いつも通り、変わりなく、今日も政務に関する召喚だろうと――そう、思っていたのだ。

「――侯爵令嬢セレスティア・アルセイン、前へ」

 突然私の名前に足を進める。同時に視線が、私に集まってくる。
 王族、廷臣、騎士団長、貴族たち――その殆どが、無表情か、伏し目がちだった。

(……どうして、誰も目を合わせようとしないの?)

 壇上の奥には、王太子レオンハルト殿下が座していた。
 その隣には、王妃。
 ……そして、なぜか、あの侍女――エリスの姿もあった。
 なぜ侍女が、そこに?

「セレスティア・アルセイン。貴女に、重大な嫌疑がかけられている」

 レオンハルト殿下の声が、広間に響く。その声は冷たく、どこか他人事のように感情が欠けていた。

「……嫌疑、とは?」
「反逆罪だ」

 私はその言葉を聞いて一瞬、意味が理解できなかった。

「……は?」
「証拠が挙がっている。貴女はこの一年間、隣国ノルデリアとの間で密かに書簡を交わし、国の機密を流出させた疑いがある。さらに宮中に密偵を雇い入れ、情報工作をしていたとされる」
「な、そ、そんな……」

 私は、思わず数歩後ずさった。
 耳がおかしくなったのかと思った。頭が、目が、世界がぐらりと揺れる。
 反逆罪?私が?
 隣国に機密を? 密偵を? 
 何もかも、心当たりがない。

「殿下っ、待ってください! 私は、そんなこと……!」
「証人もいる。数名の侍女、文官、それに――」

 レオンハルト殿下は目線をそらし、隣の女を示した。

「この者、エリス・レイフォードが、直接証言している。貴女が不審な夜間行動をしていたと。書状のやり取りも、彼女が見たと述べている」

 あの女――エリスは、勝ち誇ったような微笑を浮かべて、私を見下ろしていた。
 彼女のその顔を見て、すぐに私は理解した。
 ああ、そうか。
 そういうことだったのか。
 彼女の視線、侍女たちの妙な沈黙、会議での異常な拒絶、殿下の冷たい態度。
 何もかも全てが、このために仕組まれていたのだ。

「殿下、冤罪です。私は……私は、国に仕えてきました。誰よりも、王太子殿下のため、この王国の未来のために尽くしてきました。どうして、私が……?」
「黙れ」

 レオンハルト殿下の声が、鋭く私を斬りつけた。

「お前の言葉など、もはや誰も信じないぞ……セレスティア・アルセイン、貴女は王家に仇なした者として、本日をもって、その称号を剥奪する」

 その言葉を聞いた瞬間、私の足元から世界が崩れていった。
 名誉が、家名が、すべてが――奪われていく。
 ざわめく廷臣たちの視線。
 恐怖、軽蔑、同情――あらゆる感情が入り混じったその空気の中、私は立っているのがやっとだった。

「衛兵、彼女を拘束し、地下牢へ――」
「……お待ちください」

 突然、王妃の声が割って入る。
 私は思わず顔を上げる。
 王妃は、優雅な微笑を浮かべながら、しかしその瞳は冷たくまるで処刑を見下ろす貴族のように、私を見ていた。

「この場で斬るような真似は、王家の品位を貶めます。民の前で情けを見せることも、ときには必要でしょう」

 そして、レオンハルトに向き直る。

「国外追放を命じては? それも、寛大なる処置として」

 ……慈悲?
 これが、私への【慈悲】だと言うの?
 レオンハルトは少しの間黙し、そして冷たく言い放った。

「……セレスティア・アルセイン。その命、王家は奪わぬ。だが――」

 彼は、はっきりと言った。

「貴女は、もはやこの王国に不要だ」

 一瞬にして、何もかも全てが終わった気がした。
 誰も言葉を発さない中で、私はその場に立ち尽くす。
 誰も、私を庇おうとしなかった。誰一人として、真実を問いただそうとはしなかった。

(……そう。これが、現実なんだ)

 王国のために尽くしてきた自負も、功績も、信頼も――すべて、簡単に塗り替えられる。
 私の足元に、王宮の赤絨毯が冷たく広がっているように見えた。
 そしてその赤は、まるで私に告げているようだった。

 ただ、静かに私は呟いていた。

 現実と同時に。

「……ふざけるな」

 その叫びは、誰も聞こえない。

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