追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路

第46話 侵攻【王都混合視点】

 最初の報は、夜明け前に届いた。
 北方国境の砦より伝令が息も絶え絶えに駆け込んできたのだという。
 封蝋の割れた急報は、王城の回廊を走り、寝台から引きずり起こされた官吏の手から手へと渡った。

 ――隣国、国境を越える。

 それは、あまりにもあっさりとした一文だった。
 だが、その意味は重い。
 長年、小競り合いこそあれど均衡を保ってきた北の大国が、本格的に兵を動かしたのだ。
 夜が明ける頃には、王都の上空に不穏な空気が漂っていた。
 城壁の上では兵たちが慌ただしく行き交い、鐘が鳴り響いている。
 市井ではまだ事情を知らぬ者も多いが、兵の動きが変われば噂は広がっていた。
 市場の女たちは顔を寄せ合い、商人は倉庫の戸を固く閉ざした。

「本当か?」
「北の砦が落ちたって話だぞ……」
「嘘だろ……あそこは堅牢だぞ」

 だが、否定の声はすぐに不安へと変わる。
 次の報が届いた。
 第二砦――通信途絶され、街道封鎖される。
 王城の謁見の間では、貴族たちが集められていた。
 だが、その顔ぶれはまばらになっており、そして地方の有力貴族たちは動かない。
 招集の書状を受け取っても、兵を出す様子はみられない。

「なぜだ! 王命だぞ!」

 若い将官が声を荒げる。
 だが、老練な文官は静かに首を振った。

「税の調整が滞り、物資の配分も不公平になっております……地方は疲弊しており、兵を出せば自領が空になります」

 それは、遠回しな拒絶の言葉だ。
 王都が信用を失った結果だこのようになったのだろう。
 王妃は玉座の横で扇子を強く握りしめている。

「愚かな……王家が危うい時に背を向けるとは」

 だが、その言葉は空虚に響く。
 王家が地方を顧みなかった年月の積み重ねが、今ここで返ってきているのだ。

 一方、城壁の上では兵たちの士気が明らかに低い。
 給金の遅れ、物資不足、そして内部の混乱――セレスティアの裁判の準備が進む中での侵攻があり、誰もが優先順位を見失っている。

「援軍は?」
「来ないらしい」
「王都だけで持つのか?」

 兵の声に、風が冷たく吹き抜ける。
 北方からの狼煙が上がり、黒い煙が空を裂いている。

 その頃王城の中では、レオンハルトが机に拳を叩きつけていた。

「なぜこのタイミングで……!」

 だが、答えは明白だ。
 王都の混乱は外からも見えていたのである。
 物価高騰、派閥争い、元婚約者であるセレスティアの追放、そして再審理騒動。
 隣国が動かぬ理由はないだろう。

「兵を北へ回せ」
「殿下、城内の守備が手薄になります」
「ではどうしろと言う!」

 焦燥が滲み、決断が遅れ、命令が錯綜する。
 レオンハルトは拳を握りしめつつ、歯を噛みしめた。

 その頃、王都の南門では別の騒ぎが起きていた。
 難民が流れ込んできたのだ。北方の村々が焼かれたという。

「助けてくれ!」
「子どもがいるんだ!」

 門番は戸惑い、受け入れるか閉ざすかで揉める。
 物資は不足している。
 だが門を閉じれば、王都は見捨てたと同義だ。
 混乱は、城の内外で広がっていく。
 地方貴族は様子見を決め込んでいた。
 王家が勝つなら従い、滅ぶなら距離を取る――それが彼らの計算だ。

 ――王家と言う存在は、完全に孤立していた。

 嘗ての王都を中心に結束していたはずの王国は、今やばらばらだ。
 信頼を失い、統率を欠き、決断を下すべき者たちは互いに疑い合っている。
 城壁の上で、若い兵が呟く。

「……終わりなのか?」

 その声は、誰にも届かない。
 遠く、地平線の向こうに土煙が上がっている。
 隣国の本隊だ――整然とした隊列、統一された旗、そして迷いのない進軍。
 対する王都は、混乱と焦りの渦中にある。
 玉座の間で、王妃は唇を噛みしめた。

「まだだ……王家は滅びぬ」

 だが、その言葉に力はない。
 レオンハルトは窓辺に立ち、迫り来る戦の気配を見つめる。
 彼の背後には、支える者はいない。
 王都は、静かに、しかし確実に追い詰められていた。
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