追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路

第47話 友よ【将軍視点】



 北の空気は冷たい。
 王都へ向かう街道とは違い、乾いた風が頬を打っている。
 俺は単騎で国境を越えたわけじゃない。
 だが、最後の会談だけは少人数に絞った。
 大軍を引き連れて会えば、それはすでに宣戦布告と同義になる。
 隣国の陣営は整然としており、旗は揃い、兵の列は乱れず、馬はよく鍛えられている。
 無駄な怒号もなければ、怯えもない所、戦う準備ができている軍の匂いだ。
 天幕の前で馬を降りると、見慣れた影が立っていた。

「お、来たな」
 
 そのように言いながら笑っている一人の男。
 背は高く、黒髪を後ろで束ね、簡素だが質の良い外套を羽織っている。
 王冠はない――だが、あいつが王だと誰の目にも分かる。

「久しいな、カイ」

 低く、よく通る声だ。
 昔と全く変わっていない声に、俺は静かに笑う。

「……ああ、久しぶりだな、アルベルト」

 隣国の王であるアルベルト。
 若い頃、まだ互いに王でも将軍でもなかった頃、国境付近の共同演習で出会った男だ。
 あの頃は二人は変わらない、傭兵のようなモノだった。
 酒を酌み交わし、剣を交え、互いの国の愚痴を笑い合った。
 今は違う――あいつは王で、俺は辺境の将軍。
 立場は全く違う。
 だが目の奥の光は、あの頃と同じだ。

「単刀直入に言うぞ」

 天幕の中、卓を挟んで向かい合う。
 周囲には互いの側近が数名――だが発言するのは俺たちだけだ。

「王都は落ちる」

 俺が言うと、アルベルトはわずかに眉を動かした。

「断言するか」
「ああ」

 迷いと言うものは全くない。
 そもそも王都は内部から腐っている。
 派閥争い、物価高騰、兵の士気低下、地方の離反。
 そこへ外から圧をかければ、崩れる。

「だが、民は守らなければならない」

 俺は続けた。

「王家は排除してもいい……だが、王都の民まで巻き込むな」

 アルベルトは腕を組み、静かに俺を見つめる。

「それが条件か」
「ああ、条件だ」

 静かにそのように答える俺に対し、アルベルトは静かに見つめていた。
 沈黙が静かに落ち、天幕の外では隣国の軍の足音が規則正しく響いている。

「カイ、俺は王家を排除し、秩序を再編するぞ?」
「ああ」

 アルベルトが口を開き、それに返答する。

「今の王家は統治能力を失っている。地方も離れ、軍も統率を欠く……いずれ内乱になる」
「分かってる」
「だからこそ、我が軍は【侵略】ではなく【介入】として動くぞ?」

 その言葉に、わずかに口角が上がる。
 昔からアルベルト――あいつは理屈を整えるのが上手い。

「王家の排除と秩序回復、それが名目だ」
「名目じゃねぇ……実際そうしろ」

 俺は睨む。

「民に略奪はさせるな、兵の統制は徹底しろ。王都を焼けば、何も残らねぇぞ」

 俺の言葉にアルベルトは小さく息を吐いた。

「……お前は相変わらずだな。王都を憎んでいるのかと思えば、守ると言う」
「王都はどうでもいい……守るのは民だ」

 ふと、俺はセラの――セレスティアの顔が脳裏をよぎる。
 王都で苦しむ民、市場で値に怯える女、給金の遅れに沈む兵。
 あいつはあの光景を見て、胸を痛めただろう。
 だから俺は守らなければならない。約束したのだから。
 アルベルトが身を乗り出す。

「ならば聞こう、カイ」
「……なんだ?」

 突然何を聞き出すのだと思いながら視線を向けると、アルベルトのその瞳は鋭く見え、そして呟いた。

「―お前は王になるか?」

 天幕の空気が一瞬、張り詰める。
 そして側近たちの視線が集まる。
 辺境の将軍が隣国と通じ、王家を排除する――その先にある選択肢は一つだと、誰もが思うだろう。
 俺は一瞬間抜けな顔をしてしまった後、鼻で笑った。

「ならねぇ」
「……ほう?」
「俺はそんなものにならねぇ」

 短く言い切る。

「俺は王座に座る柄じゃねぇよ」

 王になる器かどうかじゃない。
 俺は玉座に縛られるより、前線に立つ方が性に合っている。

「王はお前の方が向いているから任せる。だが、腐った血筋は切れ」

 俺の言葉に対し、アルベルトはしばし黙り、そして小さく笑った。
 その笑い方は昔と全く変わらない。

「ククっ……・やはりお前は面白い」
「褒め言葉に聞こえねぇな」
「何言ってんだよ!褒めているんだぞ?」

 アルベルトは笑いながら立ち上がり、卓の上に置かれた地図を広げた。
 王都への進軍路、補給線、包囲の形――すでに準備は整っている。

「王家は排除で、そんでもって秩序は回復させて……その後は新たな統治体制を敷く」
「地方貴族は?」
「従う者は生かす。逆らう者は切る……いいよな?」
「ああ、お前に任せる」

 簡潔でわかりやすい。
 俺は笑いながらアルベルトに向かってそのように答えた。

「王都が混乱している今が、最小の血で済む」
「分かっているな」
「――ああ」

 俺は天幕の入口へ歩き出す。

「王都にいる女を、一人連れ戻が、良いか?」
「…………なんだ、お前の目的って女だったのか?かわったなぁお前」

 アルベルトは一瞬驚いた顔をした後、笑いながらそのように言ってきた。
 俺は足を止めずに言う。

「手は出すな」
「それほど良い女なのか?」
「…………俺の大事な人だ」
「…………お前、そんな顔するんだな、初めて見たぞおい」

 どんな顔をしているのかわからないが、アルベルトの顔が驚いた表情をしている。
 そして、低い笑いが響いた。

「了解した、友よ」

 そのように笑いながら答え、外へ出ると、北の風が強く吹き抜けた。
 隣国の紋章、軍の旗が揺れる。
 王都は落ちる――だが、俺は瓦礫の上に立つ気はない。
 砦として、民を守る。

 そして――あいつ(セレスティア)を、必ず取り戻す。
< 47 / 55 >

この作品をシェア

pagetop