たとえ世界から「ごめん」が消えたって、
『……瞬くん?どうかしたの…?』
二の句が継げない僕の喉に、酷くもどかしさを感じた。
代わりに飛び出した言葉は反射的だった。
「今から会える?」
は、と息を呑む音。
数秒の沈黙がものすごく長く感じる。
『実は………………うしろに、」
ばっ、と勢い良く振り返ると、廊下の隅っこに、縮こまった彼女がいた。
「蘭!」
「瞬くんっ」
互いに歩み寄る。
その姿をひとめ見ただけで、無性に彼女への想いが溢れた。
堰を切ったように押し寄せる感情が、僕の目の奥からじわりと込み上げる。
言いたい。伝えたい。届けたい。
配合の狂った漢方薬よりも、腐った豆で煎れたブラックコーヒーよりも、苦くて不味い、この気持ち。
胸が締め付けられるような焦燥感。
その感情を何と呼べばいいのかわからない。
どうしても思い出せない。
確かに昨日までは、知っていたはずなのに。
ただひたすら、願った。
彼女に嫌われたくない。
彼女を壊したくない。
彼女とずっと、もっと、いっしょに、生きたい。
でも、この正体不明の後ろめたい感情を、
どうやって表現すればいいのか、
何という文字を紡げばいいのか、
これっぽっちも、わからない。
「蘭、僕は……」
ぽつり、と、零れ落ちる、
君の名と、僕の涙。
「しゅ、ん、くん…っ」
なんで泣いちゃうの、と涙声の彼女も泣いていた。
ああ、どうしようもなく、愛おしい。
しおれた花のようにうなだれる彼女の髪色は、紫がかったアッシュブルーに染め直されていた。
……そうだ。
花。
その存在を思い出した僕は、コンビニ袋に雑に入れてあった花束を掴む。
カサ、と音が弾けた途端、みずみずしい香りが鼻をかすめた。
「蘭、受け取ってほしい」
そ、と差し出すと、彼女はまるい目をさらにまあるくして、何度も瞬きする。
「これ……ヒヤシンス、だよね」
彼女は戸惑いながらもそれを受け取って、
「ごめんね」
そう言って、笑った。