恋をしない秘書と恋に落ちた御曹司の甘くて危険な攻防戦
 広まってしまった噂が、これですぐに消えるわけではない。

 けれど少なくとも秘書課の中では、室長が目を光らせている限り、これ以上あからさまに話題にされることはないだろう。

 私はこの微妙な空気から一刻も早く逃れたくて、副社長室へと向かった。

 ——コンコンッ

「……はい」

 一瞬の間があってから、要さんの返事が聞こえてくる。静かに扉を開けると、要さんは難しい表情のまま電話をしていた。何かを確認するような口調で話を続けている。

 邪魔をしないよう軽く会釈をして、そのまま秘書室へと向かった。

 週末にかかってきた電話——そして朝から険しい顔で電話を続ける要さん。

 何か問題が起きているのかもしれない。

 そう思うと落ち着かず、いつでも対応できるようにパソコンを立ち上げる。続いてコーヒーの準備を始めた。

 要さんは忙しくなればなるほど、コーヒーを飲む量が増える。少しでも役に立てればいいのだけれど。

 コーヒーの準備が整うと、私は再び副社長室へと戻った。

「副社長、コーヒーをお持ちしました」

「ああ、ありがとう」

 電話は終わっていたらしい。

 要さんは疲れたような表情でカップを受け取り、そのまま一口飲む。

 その姿を見ていると、先ほどまでの険しい表情が気になってしまい、私は無意識のうちに要さんを見つめていた。

「ん? どうかしたか?」

「えっ⁉」

 突然声を掛けられ、心臓が大きく跳ねる。

「い、いえ! 何もありません。失礼しました!」

 慌てて頭を下げ、そのまま逃げるように副社長室を飛び出した。

 閉まった扉にもたれかかりながら、自分の頬が少し熱くなっていることに気づく。

(私、何やってるんだろう……)

 ただ心配だっただけなのに、あんなふうに見つめてしまうなんて——

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