終電で帰すな!
 テーブルの上には、空のグラスが二つ並んだ。

 大学のゼミ仲間でもよく飲むけれど。
 二人で飲みに行くのは、もう三度目だった。
 耀(よう)は、呼び出しベルを押そうとした私の手を躊躇なく握った。

「飲みすぎ」

 普段どれだけ指を掠めても、手なんか握ってこないくせに。

「あと一杯だけ」
 私がそう言うと「それ今日、四回目だから」と、呼び出しベルを遠ざけられた。
 握られた手も、すぐに離れる。

 私は耀を軽く睨んで、残りわずかな枝豆に手を伸ばした。

「耀はいつも私を止める」
 そう言うと、耀はおしぼりでテーブルを拭き始めた。
 これは帰るぞのサイン。
「悪いですかね」
 私は、箸袋で作った箸置きを指で弾いた。
「悪いよ」
「は。なんで」
 テーブルを拭いていた耀の手が止まった。
 チャンス到来。
 私は、先週塗り直したばかりのネイルを耀に近づけた。
「止められるとさ、先に進めないんだよ」と、見つめてみる。
 数秒。
「……何だそれ」
 目を逸らされた。ちっ。

 バレないように小さく息を吐くと、耀がスマホを見た。
 また終電で帰す気だな。

「そろそろ終電だろ」

 ほらね。
 私の終電の時間なんて、把握してなくていいのに。

「終電なくなったらどうする?」
「歩かせる」
「ひど」
「他にあるか」
 耀はせっせと鍵やらスマホやらをポケットに入れ始めた。

 私はそれを横目で見ながら、言ってやった。
「あるじゃん」
 耀のポケットからぶら下がった鍵が、揺れた。

 案の定、耀の動きは止まった。
 けど一瞬だった。
 呆れた声で「あほか」と言い私の腕を持ち上げた。
 引き上げられるように立ち上がる。
 ……あーあ。今日もだめだったな。

「ケチ」
「何とでも言ってくれ」

 耀だって。
 気付いてないわけじゃ、ないよね。


 お店を出ると、じめっとした空気が火照った顔を包んだ。
 今からお店に入っていく人もいるのに。
 私は駅へ向かうのか。耀のあほ。

 並んで歩いているのに、一人の気分だ。

 それからしばらく黙って歩いた。
 二人の足音が、段々とゆっくりになっている気がした。

「なんで黙ってんの?」
 言ったのは耀だった。
「べつに」
 私はわざと小さな声で言った。
「いつも一人で喋ってるじゃん」
「は?喋ってないんですけど!」

 いつものトーンで反応してしまった。
 素っ気なくしてやろうと思っていたのに。
 耀は、ふっと笑った。
 その横顔を見て、また少し顔が火照った。
 誤魔化すように半歩後ろを歩く。

「…だって。べつに泊まっても何もしないのにさ」

 なんて。どこかで聞いたような常套句を私がポツリと言うと、耀が頭を掻いた。
 ため息が聞こえる。

「だからだろ」

 私はつい立ち止まった。
 耀はそのまま歩き続けている。

 だからだろ?
 だから?
 ん?
 んん??

 遠ざかる背中を数秒見つめ、首を傾げた。

 ——あ。

 私は小走りで追いかけた。
 耀は追いついた私を見て、またすぐに逸らした。
 そのくせ、指だけ繋いだ。

「耀、へたれじゃん」
「うるせ」

 絶対にこっちを見ようとしない耀に、思わず頬が緩む。
 

 仕方ないから、今日は終電で帰ってあげるよ。



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