さっちゃんはオトコたらし。~スパダリ幼馴染の甘々調教からは逃げられない~

第1話 鉄壁OL

「あれー?お姉さん1人?これから俺と飲み行かない?」

不意に頭上から降ってきた軽薄な声に

私はハッとしてアスファルトに落としていた視線を上げた。

時刻はまもなく深夜に差し掛かろうという頃。

街灯の光がまばらに照らす夜の帰路、私の行く手を塞ぐようにして一人の男が突っ立っていた。

耳元で不規則に揺れる安物のピアス。

着崩したラフなストリートファッション。

髪は明るく染め上げられ、絵に描いたような「チャラ男」の記号を全身から放っている。

(うわぁ、最悪…こういうの、下手に怯んだら付け込まれるし…慣れてるフリ、慣れてるフリをしなきゃ……!)

「すみませんが、急いで帰らないといけないので。失礼します」

極力事務的なトーンを意識して、冷たく言い放つ。

視線を合わせないようにして、男の脇をすり抜けようと一歩を踏み出した。

しかし、男はしつこく回り込んで、私の進路を再び塞ぐ。

「えー、いいじゃん!ちょっとだけだから!」

拒絶の言葉を口にし終えるより早く、ぐい、と強引に手首を掴まれた。

男の骨張った手のひらの熱が、皮膚を通じて気味悪く伝わってくる。

「で、でもっ…!」

「いやさ、俺これでもホストやってんだけど、最近全然指名入んなくてさー?お姉さん、ホストとか興味無い?初回安くしとくからさ!」

ほ、ホスト!?

思わず頭の中で悲鳴が上がった。

私のような、恋愛経験ゼロで平穏だけが取り柄の堅物OLが

絶対に足を踏み入れてはいけない世界の住人だ。

このままズルズルと強引に連れて行かれたらどうしようという恐怖が、一気に足元から競り上がってくる。

掴まれた手首を振り払おうとするが、男の力は想像以上に強くてビクともしない。

焦燥感で心臓がうるさいほどに警鐘を鳴らす中

私は脳細胞をフル回転させ、喉の奥から出まかせの言葉を絞り出した。

「む、無理です!ど、同棲してる彼氏が、もう家で待ってるので……!遅くなると怒られるんです!」

なんて、悲しいほどの大嘘だけど。

「彼氏」という明確な障害の名前を聞いた瞬間

男の顔からあからさまに熱が引いた。

値踏みするような視線が私を往復したあと

男はちっと舌を打ち、掴んでいた私の手首を乱暴に放した。

「なんだよ、彼氏持ちかよ」

吐き捨てるようにそう言い残すと、男は未練もなさそうに夜の雑踏へと消えていった。

「…ふぅー……」

嘘も方便、とはまさにこのことだろう。

緊張の糸が切れた瞬間、膝がガクガクと震えそうになるのを必死で堪える。

掴まれていた手首をもう片方の手でさすりながら、私は大きく胸を撫び下ろした。
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