さっちゃんはオトコたらし。~スパダリ幼馴染の甘々調教からは逃げられない~

第2話 騒がしい朝

(これ以上の厄介事はごめんだわ)

夜風が冷たく背中を押し、等間隔に並ぶ街灯が寂しげな光の輪を地面に落としている。

いつもなら何も考えずに歩いている見慣れた通勤路なのに

今夜はやけに世界の解像度が高く、神経が過敏になっているのがわかった。

先ほど咄嗟についた嘘が、耳の奥で何度もリフレインする。

『彼氏が家で待っている』───

我ながら、まるで本当に愛する人が帰りを待っているかのような切迫感のある演技だった。

少しだけ自分の臨機応変さに驚きつつも、すぐに虚しさが波のように押し寄せてくる。

自宅マンションのエントランスを抜け、冷たい電子音を鳴らすエレベーターに滑り込む。

鏡に映る自分は、心なしか酷く疲れた顔をしていた。

私の名前は宇佐田桜。24歳。

どこにでもいる、ごくごく普通のOLだ。

そして、24年間の人生において

ただの一度も「彼氏」なんて存在ができたことはない。

歴史的なまでの恋愛未経験者。

(それなのに、あんなチャラチャラしたナンパに捕まるなんて…私ってそんなに隙があるように見えるのかな……)

自己嫌悪に似た小さな溜息を吐きながら、鍵を開けて部屋に入る。

ドアが閉まる音と同時に、ようやく張り詰めていた緊張が完全に解けた。

静まり返った我が家。

だけど、あらかじめタイマーで点灯するようにしていたリビングの暖かい間接照明が

冷え切った身体を優しく迎え入れてくれる。

「今日は…早めにお風呂に入って寝よう」

バッグをソファに放り出し、キッチンへと足を向ける。

冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出し、一気に喉へと流し込んだ。

冷たい液体が胃に落ちていく感覚と引き換えに

強張っていた体の中の芯が、少しずつほぐれていくような気がした。

「さて!明日も仕事だし、余計なことは考えずに早く寝ましょ」

自分に気合を入れるように小さく声を出し

私はお気に入りの入浴剤を選ぶためにバスルームへと向かった。


◆◇◆◇

翌朝

昨夜のハプニングの疲れを微塵も感じさせないほど、オフィスは朝からいつも通りの喧騒に包まれていた。

デスクに座り、PCを立ち上げてメールのチェックを始めた私の耳に

パーテーション越しから同期の女の子たちの賑やかな噂話が飛び込んできた。

いつになく声のトーンが高く、弾んでいる。

「ねえねえ、聞いた?今日、営業部に転勤してくる人の話!」

「あ、それ私も噂で聞いた!前の部署で『営業のエース』って呼ばれてた、黒崎さんって人でしょ?」

「そうそう!年齢は27歳。もうね、入ってくる前から社内の女子の間で大騒ぎだよ」
< 2 / 6 >

この作品をシェア

pagetop