敏腕CEOと契約結婚したら、攻略不能なほど溺愛されています
 目の前が真っ暗になり、クラクラと、眩暈がした。

(今も変わらず、愛し合っているの?)

 ふたりにどんな事情があったのかはわからない。でも彼女にとってみると、碧人さんの妻として突然現れた私は、邪魔でしかないのだろう。そう考えた途端、強い罪悪感が湧いてきた。

「だから、そろそろ私に返しなさいよ。彼の妻の座を」

 再び彼女がじりっと距離を詰めてきた。すべてを見透かしたような視線が容赦なく突き刺さる。
 私は蛇に睨まれた蛙のように硬直したまま、動けなくなってしまった。

「あなた、彼になにもしてあげられないでしょう? 私なら、妻として彼の仕事に全面協力できるわ。パパの会社もね」

 弘花さんは有名な人気インフルエンサーで、彼女の父親は声優プロダクションの社長。
 それに比べて私は……自慢できるものなんてなにもない、ただの書店員だ。彼の役には立てていない。

「ちょっと……すみません。眩暈がして、気分まで悪いので、化粧室へ行かせてください」

 この場に立っていられなくなり、私は左手で口もとを覆いながら会釈をした。
 弘花さんの顔は見られなかった。様々な感情が胸の中でひしめき合い、愛想笑いすらできそうになかったから。
 床に視線を落としたまま、おぼつかない足取りでトイレへと向かう。

(……やっぱり、こんな結婚はするべきじゃなかったんだ)

 トイレの洗面台に両手をつき、おそるおそる目の前の大きな鏡を見上げる。そこに映っていたのは、青ざめてひどく情けない顔をした自分の姿だった。

 本物の愛で結ばれていた碧人さんと弘花さんのあいだに、私が無遠慮に居座り続けていいわけがない。
 利害一致の結婚だったとはいえ、このままウソを重ねて誰かの幸せを奪うなんて、絶対に間違っている。私が碧人さんのそばにいたら、足枷になるだけだ。

 ――もう、終わりにしよう。それがいい。
 鏡の中の自分をじっと見つめながら、私はきつく唇を噛みしめ、別れの決意を固めた。
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