氷の部長の大臀筋(お尻)を拝んでいただけなのに、バレて囲い込まれました

1.美しい放物線

 和葉がその美しい放物線に気づいたのは、偶然だった。

 階段を一段上るごとに仕立ての良いネイビーのスラックスがピンと張り、無駄のない筋肉が作り出す完璧なヒップラインが現れる。
 それは、営業部の氷の部長・常盤が日頃からどれほど自分を追い込み、ストイックに生きているのかを雄弁に物語っているようだった。
 
 いやいや。仕事中に上司の尻を凝視するな、私! 変態か!
 自分の邪念を振り払おうとした瞬間、頭上から冷たい声が降ってくる。
 
「昼イチで使うと言っただろう」
「すみません、後でと思っていたらギリギリに」
 グズグズするなと常盤が踊り場で足を止める。
 振り返ったその眼差しは、いつもどおり冷たかった。
 
「まったくおまえはいつも」
 お小言なんて気にならない。
 だって、今の私には完璧な造形美が目の前にあるのだから。

 あのお尻は一朝一夕でできるものではない。
 ネイビーの布越しに主張する大臀筋は、ルーヴル美術館の彫刻よりも価値がある。
 
 きっと学生時代に死ぬほど下半身を追い込むスポーツをし、今でも毎日のジムを欠かさないのだろう。
 生地の上からでもわかる、あの弾力と硬さを併せ持っていそうなシルエット。
 和葉は美しいラインを眺めながら、心臓が跳ね上がるのを必死に抑えた。

 営業部の部長・常盤は完璧な仕事ぶり、一切の妥協を許さない冷徹さも然ることながら、整いすぎた顔立ちから『氷の部長』と呼ばれている。
 少し色素が薄い目はクォーターだからなのだと、誰かが教えてくれた。
 まるで狼に睨まれているようで恐ろしいと。

 だが和葉は知っている。
 その冷徹さは、誰よりも仕事と部下に誠実であることの裏返しだ。
 完璧なプレゼン資料も、彼が深夜まで数字と向き合った成果。
 それに気づいたのは偶然ファイルの更新日時が深夜だと気づいてしまったからだけれど。

 遮光ブラインドの隙間から差し込む真昼の太陽は、どこまでも健康的で眩しい。
 それなのに、自分の視線はどうしてこうも不埒なのだろう。
 
 モデル並みの高身長と鍛え上げられたスタイルにぴったり馴染むオーダースーツは色気抜群。
 去りゆく後ろ姿すら容赦なく完璧すぎる。
 和葉はこの機会を逃すものかと、ネイビーのシルエットをしっかりと目に焼き付けた。

   ◇

 資料室からファイルを運び終わった和葉は、はぁ~と盛大な溜息をついた。
 
 資料は重たかった。
 思ったよりも重たかった。
 それにめちゃめちゃ怒られた。

 でも、スーツの上からでもわかる限界まで引き締まった大臀筋(だいでんきん)のハリは最高だった。
 ごちそうさまでした。
 
「水野、また怒られたの?」
「もう、うちの部の名物だよねぇ」
 先輩たちに揶揄われた和葉は「あはは」と乾いた笑いを返す。
 
 氷の部長のお尻に見とれていたなんて口が裂けても言えない。
 脳裏に焼き付いたネイビーのシルエットを思い出し、不覚にも頬が緩みそうになった和葉は慌てて両手で頬を引き締めた。
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