氷の部長の大臀筋(お尻)を拝んでいただけなのに、バレて囲い込まれました

3.人生終了

 常盤が壁のスイッチでフロアの主電源を落とすと、フロアは一気に闇に包まれる。
 非常灯の薄緑色の光だけが、廊下へと続く道をぼんやりと照らしていた。
 
 静まり返ったエレベーターホールに常盤と二人きり。
 この時間は息が詰まるほど気まずい。
 
「あの、部長。もしかして、私が終わるの待っていてくださったんですか?」
「あぁ」
 そっけない氷の部長だが、わざわざ最後まで残っていてくれたんだ。

 ポーンと静かな音を立ててエレベーターが到着し、氷の部長が先に入って行く。
 薄暗い非常灯の光が、ハリのある素晴らしい造形美の陰影を際立たせる。
 
 神様ありがとう。眼福です……!

 心の中で拝みながら和葉が『閉』ボタンを押そうとしたその時だった。
 常盤がスッと和葉との距離を詰めてくる。
 驚いて見上げる和葉の目の前に常盤の長い腕が伸び、エレベーターの操作パネルの上をドンと叩いた。

 少女漫画でしか見たことのない、完璧な「壁ドン」。
 常盤の身体から微かに香る大人の色気を含んだ静謐なウッディ系の香水が、狭い密室に充満してクラクラする。

「ぶ、部長……?」
「水野。おまえ、さっきからどこを見ている」
 低く地を這うような常盤の声が、狭いエレベーター内に響く。
 常盤の瞳はいつも通りの冷徹な『氷の目』でありながら、その奥でどろりとした熱い何かが揺らめいているように見えた。

「エレベーターのボタンを……」
「嘘をつくな。デスクに腰掛けた時も、昼間の階段も、さっき廊下を歩いている時もだ」
 常盤はさらに顔を近づけ、和葉の耳たぶに触れそうなほどの距離で、残酷な事実を告げた。
 
「おまえ、俺の『後ろ』ばかり熱心に見ていただろう。それも下の方だ。エレベーターの鏡や、夜のオフィスのガラスの反射で、おまえの視線は丸見えだ」

 ――終わった。
 和葉の頭の中で、人生終了の鐘が鳴り響いた。

「……で、俺の尻がそんなに珍しいか?」
 顔から火が出そうなほど真っ赤になった和葉に、常盤はフッと意地の悪い笑みを浮かべる。

 言い訳を必死に探したが、「丸見えだった」と言われてはどんな嘘も通用しない。
 見惚れていましたでは、ただの変態。
 いや、人のお尻をジロジロ見ている段階で変態だけれど。
 
 素敵なお尻ですね?
 いや、それは現行犯逮捕。

 どうしたらそんなに引き締まったお尻になれるんですか?
 いやいやいや、これもセクハラ親父のセリフで完全アウトでしょ。

「すみません……!」
 涙目で小さくなって謝る和葉に、常盤は逃げ道を塞ぐようにさらに一歩、距離を詰めた。

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