終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
「今日は、我が家とワタセホテルの懇親会の打ち合わせです」
「綾人も……」
「いえ、彼は別件のお仕事です」

(良かった……)

クスッと九条さんが上品な笑みを浮かべた。
あたしもにこりと微笑む。

「綾人を宜しくお願いいたします」
「……」
「私はまだ婚約の身。懇親会には恐らく参加できません。ですが……」  
「綾人は九条さんのことを凄い人だと認めていました。だから、私が言うのもおこがましいですが、これからも綾人のことを九条さんの役割で支えてください」    
「それがあなたの答え……?」
 
あたしは左手首のアンクレットへ視線を落とした。
朝、綾人が言った。
 
『逃がさねぇよ』
 
あたしは小さく笑う。
 
「はい、私は綾人の隣で支えます。婚約者としてだけじゃない。私にしかできない形で」 
「そう……私の好きな綾人と、あなたの好きな綾人もきっと違うものね」 

九条さんは、微笑んだまま残りのコーヒーを飲んだ。
伝票を持って立ち上がると、力強く射抜くような瞳を向ける。
そこに少しの優しさが滲んでいた。

「楽しみにしてるわ、"志穂"さん」 

「麗華さんっ」と弾かれたように呼ぶと、彼女は振り返ることなく、でも、手を振って歩いていく。

初めて名前を呼ばれた。
その優しい響きが、胸の奥へ静かに落ちていく。
不思議ともう、劣等感は残っていなかった。 
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