終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
そのあとも、何件か店をまわり、必要なものを買い足していく。
あたしもお金を出すといっても、頑なに受け取らなかった。

「俺がいる意味なくなるだろ」
「なにそれ」               

途中で夕飯も済ませ、綾人のマンションに帰ってきた。
ひとまず荷物を置いて、綾人がコーヒーを淹れにキッチンへ向かう。
 
あたしは荷物の山を見つめながら、ソファに座りぽつりとつぶやく。 

「ねぇ、本気で一緒に住むの?」
「今さら。買い物してただろうが」  
「普通はもっと大人しくて聞き分けいい女性を選ぶんじゃないの?」

我ながら可愛くない言い方だ。
コーヒーの香りと一緒に聞こえてきたのは、不思議そうな綾人の声。 
 
「そうか?」
「絶対そう」
「つまんねぇじゃん」
「え?」
「親父の前で猫かぶる女なんか腐るほど見てきた。でもお前、思ったこと全部顔に出るし」 
 
振り返った綾人が、当然みたいに言い切る。
 
「志穂のそういう自然なところ、必要なんだよ」
 
あたしは観念して、コーヒーカップを受け取る。
それとは別に、差し出されたカードキー。
さっき、綾人が玄関を開けるときに使ったものと同じもの。

「これ、まさか――」
「ここは、お前の家でもあるから」         

カードキーの重みが、指先にじんわり残る。
逃げ道が増えたんじゃない。
逃げられない場所が、ひとつ増えただけ。
それなのに、胸の奥は少しだけ温かかった。
 
——ただの飲み友達には、もう戻れない。
< 15 / 121 >

この作品をシェア

pagetop