終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
いつもの席が運良く空いていたBARビーナスベルト。
スツールに腰かけると、いつもの朗らかな笑みでマスターが迎えてくれた。
   
「へぇ。今日は一緒なんだ」
「ちょっと事情があって……」

マスターに説明するのが気恥ずかしくて、もごもごしていると、綾人が頬杖ついてこちらをみている。
 
「事情じゃねぇだろ」
「あはは、良かったね綾くん」

まだ何も話していないのに、マスターは察知したように頷いている。
あたしは慌てて、簡単に経緯だけ説明した。

「じゃあ、本当に婚約が本物になったら報告してね」  
「楽しみだなぁ、志穂」 
「ちょっ……マスターっ!」

それでも、お気に入りのBARで。
美味しいお酒とご飯、優しいマスターの気遣いに、楽しい時間は過ぎていく。  
 
「あ、そろそろ終電、気を付けてね」
「あ……」

マスターの声に、あたしは時計を見る。
その上に綾人の手のひらが置かれて、文字が隠れてしまった。
   
「終電逃してもいいぞ?」
「何で?」
「帰る家、同じだから」
「なによ、それ……」
 
熱くなる頬を隠すように視線を逸らす。
綾人はそんなあたしを見て、面白そうに笑った。
 
——終電を逃した夜から始まった関係。
 
なのに今は、
終電なんて気にしなくていい場所がある。
 
「ほら、帰るぞ」
 
差し出された手を見つめる。
まだ、フリのはずなのに。
その手を取ることに、迷いはなかった。
 
——帰る家は、同じだから。   
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