終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
綾人が、低く呟く。
 
(え……?)
 
その視線の先を追うと、 人の流れが、自然と左右に分かれていた。
まるで、道を開けるみたいに。
ゆっくりと歩いてくる一人の女性。
無駄のない所作。 視線ひとつで場を支配するような、静かな圧。
 
(……この人、さっきの人と全然違う)
 
「こんばんは、綾人さん」
 
柔らかい声なのに、 なぜか背筋が伸びる。
 
「九条です。お久しぶりですね」
 
綾人は、わずかに息を吐いた。
 
「……久しぶりだな」
 
その反応で、わかる。
 
(……この人が、“本来の婚約者候補”)
 
言葉にしなくても、 空気がそう言っている。
視線が、ゆっくりあたしに向いてきた。
 
「初めまして、九条麗華(くじょうれいか)と申します」
「初めまして。綾人の婚約者の藤原志穂です」

(ばかっ!なんで婚約者って言ったのあたしっ)

思わず口走ったけれど、今さら後には引けない。
隣の視線が気になるけど、笑みを浮かべたまま彼女を見る。  
  
「……綺麗な方ですね」
「ありがとうございます」
「藤原さんも、お噂どおり可愛らしい方ですね。ドレスも良くお似合いです」 
 
微笑んでるのに——
その瞳の奥には、凍りつくような冷徹さが滲んでいた。    
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