終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
「つ………疲れたぁぁ……」

ホテルのベッドへ倒れ込む。
慣れない土地。
慣れない取引先。
慣れないホテル。
そして。
 
(……ミルクティーが足りない)
 
思わずそんなことを考えてしまって、あたしは枕に顔を埋めた。         
せっかく心と体を鍼でゆるめてもらったのに。
三泊四日の出張……まだ前半で、あたしはもう疲れきっていた。

(……今日のやつ、まとめないと……)

ホテルの窓からは、見慣れない大阪の夜景。 
明日は新規開拓にもなる展示会に参加する。
市内の地下鉄路線図で、ルートを確認しないといけない。
展示会巡りに必要な資料もチェックしないと。

なのに、気になるのはシーツの冷たさだったり。
ミルクティーなのに、甘くなかったり。
朝ごはんで食べたお味噌汁が、味気なかったり。

(…………綾人、何してるのかな)

寝転びながら、広告の通知しか来ないメッセージアプリをスクロールし、綾人のアイコン——カクテルの写真をタップする。

(……別に待ってる訳じゃないし)
 
伸ばした左腕からのぞくブレスレットが、小さく光る。

(……アンクレットを付け替えたとか……あいつ気付いてないだろうなぁ)
 
指先が触れた瞬間。
 
♪♪♪~
 
「……え?」
 
画面には、【綾人へ発信中】の文字。
  
(うそっ!?)

あたしは慌てて音を止める。
すぐさま折り返しでスマホが震えた。

「……もしもし?」
「どした?」

二日ぶりの綾人の声に、耳の奥が震える。
口元がふやけそうなのを、ぐっと堪える。

「有名ブランドのミルクティー……美味しくない」
「は?」
「ホテルのやつも。何でよ」
「知らねぇよ」
「大阪の地下鉄……ややこしいのよ」
「迷子になるなよ」
「……あと」
「まだあるのか」
「…………冷たい」
「何が」
「…………ふとん」
「あぁ」
「……そっちのと取り替えてよ」
「なら、とっとこ帰ってこい」

その後もくだらない会話が続いて。
さっきまでの寂しさとかもやもやがしぼんでいく。

「——あ、充電無くなる」
「もう寝ろ」
「うん、そうする」   
「朝顔、届いたからな」
「え?」
「おやすみ、志穂」
  
それだけ言うと、ぷつんと切れてしまった。

(もう……綾人め……)

——おやすみ、志穂
    
「……おやすみ、綾人」
  
ぽっかり浮かぶ三日月を背に、早く帰りたくなる気持ちは初めてだった。 
                                   
同じ空の下で、静かに動き出す思惑。
 
「えぇ。綾人さんにはぜひ」 
「藤原さんは?」 
「彼女がいる限り難しいですね」
 
九条さんは静かに微笑んだ。
 
花火大会の日が、 ただの約束の日ではなくなることを。
 
——あたしはまだ、知らない。   
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