終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
(結婚てなに?……誰と誰が?)

一瞬、何を言われたのか理解できない。
すると大輔が呆れつつ、ビールジョッキを傾ける。

「俺と志穂の話。これを機に、結婚前提で、話進めないか?」
「意味わかんないっ……あたしっ婚約者いるからっ」

自分でも驚くほど素直に婚約者と言えた。
大輔は半信半疑で、あたしを見る。

「は?志穂に?実在する人物か?」
「当たり前でしょ……」
「へぇ~、どこのどいつ?騙されてないか?」

あまりにしつこい大輔の追求から逃れるため、ネット記事になっていた先日のパーティーを見せる。

「お前、その御曹司とやらとの世界で生きていけるのか?」
「……生きていけるわよ」
「どうだか。お前は昔から、背伸びして、頑張りすぎる」
「……」
「藤垣って人の世界は大変だろ」
「そんなこと……」
「あるだろ」
 
言葉に詰まっていると、大輔が昔と変わらない顔で言う。
 
「俺なら無理しなくていい。だから、俺にしとけ」
 
まるで優しい毒のように、体を蝕んでいく。

(本当にそうなの?……無理してるの?)

「そういう趣味も、結婚したら落ち着くだろ」
『好きなもんに金も時間も使える方がすげぇだろ』
『それだけ全力なんだろ。引くわけねぇよ』 
「それにお前のお子様舌すぎるミルクティーも——」
『帰ったら淹れてやるよ』 

大輔の言葉に、綾人の声が、囁くように重なっていく。

(あたし……大事なことを見落としていた)

阪野先生の問いに、今なら答えられる。
綾人のいる世界は、まだ怖い。
自信だってない。
 
それでも——
ひとつだけ分かったことがある。
 
「ありがとう、大輔」
「え?」
 
まだ話を続けていた大輔の言葉を、初めて遮った。  
 
「あたしはもう、大輔とヨリは戻さない」
「志穂……」
「だから、会うのもこれで最後だから」 

それだけは、迷わず言えた。
過去に置いてきた恋心を、今度こそ自分の手で手放した。
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