終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
王子に促されて、革張りのソファに座る。
ペットボトルの水を受け取り、乾いた喉を潤していく。
 
「親父から見合い勧められてんだよ」
「へぇ……」

(婚約者とか……王子はいったい何者?)

疑問が浮かぶも、ひとまず話の続きを聞く。 
 
「ずっと蹴ってきたけど、親父が痺れきらして……今日中に連絡しとかねぇと、候補の中から勝手に決められる」
「うわぁ……なんか大変そう」  
「俺に会う理由、全部消えるけど。もちろん、ビーナスベルトにもな」
「……え?」
「嫌だろ」 
「…………それは……イヤかも……」

思わず素直に出た言葉に、自分が一番驚いた。
あたしは悟られる前に、ペットボトルに口付ける。  
  
「で、志穂。お前に頼んだわけ」
「うんうん。なるほど……って、なんでよ!」
 
危うく飲んでいた水を、吹き出すとこだった。 

「知らねぇ女が婚約者とか、無理。それにお前今、男いないだろ」
「だからって普通頼む?」
「普通じゃねぇ状況だから頼んでる」
「…………なんであたしなのよ」 
「なんでだと思う?」

言葉を並べる度に、少しずつ近くなる距離。
気づいた時には、忘れかけていた王子の香りがするほどに。
     
(顔が近い……ムリムリムリ)
 
王子の真剣な眼差しに、いつもの軽さはない。
だから本気で見られるほど、心臓がうるさくて落ち着かない。
    
「…………そんな顔したって、引き受けないからね……」  
「逃げてもいいぞ。逃げ切れたらな」
「ま、捕まえるけど」

獣よりも獰猛な漆黒の双眸が、すでにあたしを捉えている。
 
(逃げたいのに、離れたくない)
 
「………………っっわかったわよ!」 
「期間限定っ……絶対それ以上はなし!」 

とっさに出した小指に、一瞬、呆ける王子。
その小指を甘噛みされ、声にならない声が出た。           

「そのつもりでいろ」
 
一瞬だけ、王子の表情が緩んだ。
 
「……どうせ無理だから」
「え?……なんて?」
「今月末に、親父に志穂を紹介する」
「……………………責任重大じゃない」

引き受けたものの、嫌な予感しかない。
この家も、この男も、知らないことだらけで怖い。
< 6 / 121 >

この作品をシェア

pagetop