終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
「じゃ、今日から志穂の家も”ココ”な」 
「…………は?」

王子は当然みたいに鍵をテーブルへ置いた。
 
「スキンケア一式とタオルは洗面所にあるから、風呂入ってこい」
「まじで?助かるっ……ってナチュラルに誘導しないでよっ」 
「終電逃したし、無理だろ」 
「どこが?なんでよ!」 
「こんな真夜中に、家から出すかよ。お前は帰りたいのか?」
「…………っ!」

当たり前よ――って言い返したかったのに、声が出ない。
彼の瞳に宿る熱に、毒を当てられたみたいだ。
 
王子は、ゆっくり頬にふれてきた。
言葉とは嘘みたいな優しさの温もりが伝わる。   

「婚約者なら、一緒に暮らしてるほうが説得力あるだろ」
「怖じ気付いたか」 
「はぁぁ?!完璧にやってやるわよ!」

勢いで言ったあとに気付いたけれど、もう遅い。 
言質を取ったと言わんばかりの、ニヤニヤしている王子。 

「お前のそういうとこも、選んだ理由だから」
 
そう言いながら、一歩踏み込んでくる。
気づけば手首を捕まれ、そのまま腰を引き寄せられた。
  
「仲良くしようぜ、婚約者どの」 
「引き受けるからっ……離れて、王子っ!」  
「あと、今から”王子”もナシ。綾人って呼ばねぇと」 
「――その口、塞ぐぞ」                   

軽い約束の、はずだった。
 
——逃げる理由なんて、いくらでもあった。

それでも、あたしはその手を離さなかった。
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