終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
あたしの頼んだブルームーンが届いたタイミングで、綾人も入店してきた。

「マスター、いつもの」
「お疲れさま、先に飲もうと思ったのに」
「もうちょい、待っとけよ」

ネクタイと首元のボタンを外して緩める。  
少し汗ばんだ綾人の表情が、妙に色っぽい。
 
「あ、やば」
「何が」
「綾人の顔に久々ときめいた」
「は?」
「いち様が横にいるからかな」
「一緒にすんな」
「それより、これ使えそうか?」

綾人が撮った写真を見せてくる。

「うわっ、なにこれ。あたし変な顔」
「楽しそうだからいいだろ」
「消して」
「断る」
「綾人っ!」

いつものなんでもないやり取りに、心が落ち着く。
その時。

ブルルル――

社用のスマホが震える。
画面には鮫島の名前。 
あたしは店の外に出て、電話に出る。  
        
「もしもし?」
『せ、先輩っ……』

明らかに声がくぐもっていて、様子がおかしい。

『私……やっちゃいました』 
「どうしたの?」 
『先輩が撮ってきた写真なんですけど……』
 
鮫島の震える声に、嫌な予感が背筋を走る。
 
『確認用フォルダと投稿用フォルダを間違えてしまって……』
『ワタセホテルの公式アカウントから、まだ公開前の写真を投稿してしまいました』
「……え?待って、まだ投稿の確認してなかったわよね……」
『はい……下書き状態のを間違えて……しかも……』
 
彼女の言葉の続きは、聞く前に分かった。
嫌な予感だけは、いつだって当たる。
 
『先輩と藤垣統括が写っている写真も……』
(あの廊下のやつ……!)
 
息が止まる。
 
「志穂?」
 
綾人に気付くも、振り返るのが精一杯で。
うまく声が出せない。
 
『本当にすみません……』
 
電話口で泣いている鮫島の声。
その瞬間、あたしは反射的に口を開いた。
 
「大丈夫」
 
大丈夫じゃないのに。
 
「管理責任は私だから」
『違いますっ……先輩は確認してない——』
「いいからっ。これは私の責任です」

強い口調に見開く綾人の瞳。
その瞳に映る自分の顔は、まだ泣き顔じゃない。  
     
——全部、自分の責任だと思った。

綾人の顔が、少しだけ険しくなった気がした。 
< 70 / 121 >

この作品をシェア

pagetop