終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
「お仕事お疲れさま、志穂ちゃん」
「ありがと、マスター」

いつものブルームーンを受け取る。
澄みきった蒼が、いまのあたしには眩しく映る。

(……今ごろ、手紙読んでるのかな)

気を抜くとすぐに綾人のことが浮かんでくる。
頭をふって、一気にブルームーンを飲み干した。  

カランカラン。
ドアベルの音に、振り向く。
思っていた人影と違って、ホッとする。
普段は優しく見守るマスターが、珍しい瞳であたしを見る。
 
「志穂ちゃん、捜し人かな」
「えっ……?」
「ふふっ」
「違うからね?……そう!終電を聞き逃さないように——」  

カランカラン。 
ドアベルとともに、今度は阪野先生が「マスター……慰めて」と、やってきた。

「あれ?藤原さんじゃないですか、また会いましたね」
「こんばんは」

見ると心なしか落ち込んで見える阪野先生。
尋ねていいものか迷っていると、察した先生がにこりと笑う。

「失恋しました」
「えっ……!?」
「まぁ、恋が始まる前だったんで、傷は浅いんですが……」
「そんなっ……」
 
するとマスターが、鮮やかにシェイカーを振る。
そして出来上がったチェリー色の可愛いカクテルを差し出す。
 
「頑張った勇くんに」

(まるで恋の色みたい……)

ポタッと磨き上げられたカウンターに雫が跳ねた。
一瞬、何か分からなかった。  

「藤原さん……どうしました?」
「え?」            

頬を滑る冷たい感触に、初めてそれが涙だと気付いた。

「えっ……あれっ……?……ごめんなさいっ」
 
心配そうな阪野先生とマスター。 
慌てて拭い、いつもみたいに笑ってみせる。

「仕事でミスっちゃって……もう大丈夫です」
「そういう時もあるよ。吐き出しちゃえ」 
「志穂ちゃんが嫌じゃなければ、聞かせてください」 
 
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