終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
綾人がカードキーをかざして、中に入った。
一瞬、あたしの足が止まる。
そんな躊躇いを見透かしているのか、綾人が繋いだままの手で引き込んだ。

「おかえり、志穂」
「……ただいま、綾人」

(ここに、帰ってきていいんだ……)

『おかえり』と『ただいま』
もう帰れないと覚悟を決めて出ていったのに。
安堵からまた涙が溢れる。

「おいで」    

言うより早く、綾人がベッドまで抱き抱えた。
知っているはずのダブルベッドの広さが今は心細くて、綾人の側を離れたくない。 

「なんで……寝室?」
「寝落ちてもいいように。明日休みだろ」

綾人の指が目尻からこぼれる涙を掬った。
その小さな体温ですら、安心してしまう。 

「じゃ、お前が溜め込んでるもん、全部吐き出せ」
「え……ぜんぶ?」
「そう、全部」
「無理……」
「勇やマスターの前ではできただろうが」

少し拗ねた顔に、あたしは思わず身を乗り出す。

「……まさか、嫉妬——」

最後の言葉は、綾人の唇に消えてしまった。
実感が湧かなくて、呆然としているあたし。
でも、綾人の目は至って真剣だ。 
 
「話逸らすな」 
「いいから、吐け。大丈夫、見くびんじゃねぇよ」 

言葉とは裏腹に、綾人が優しく背中を撫でる。
あたしは勇気を貰うように、綾人の服の裾を握った。  
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