春は眩しくて、届かない
教室のざわめきが少しずつ薄れていく中で、陽奈は立ち上がった。
廊下へ出る。
窓の外はもうオレンジ色で、影が長く伸びていた。
——柏木くん。
心の中で名前を呼ぶだけで、少しだけ胸が跳ねる。
でも逃げない。
逃げたら、りのんの言葉を裏切ることになる気がした。
「……柏木くん」
その一言を、ちゃんと声に出す。
いつもみたいに眠そうな顔で振り向いた彼に向かって、陽奈はまっすぐ言う。
「ちょっと、話ある」
夕陽が窓から差し込んで、ふたりの影を長く伸ばしていた。
柏木くんは一瞬だけ目を細めて、けどすぐにいつもの調子に戻る。
「……ん?なに」
その声は、思っていたより落ち着いていた。
陽奈は一度だけ息を吸う。 心臓の音がうるさいのに、頭はやけに静かだった。
逃げちゃだめだ。
「放課後、少しだけ時間ほしい」
「今じゃだめ?」
「……今じゃだめ」
そう言った瞬間、教室の空気が一段だけ遠くなる。
柏木くんは軽く頷いた。
「いいよ」
それだけ。
あっさりしているのに、なぜか逃げ道がなくなる返事だった。