春は眩しくて、届かない
「ひとりで決めなくていいんじゃない?」
静かな声で言った。
視線を上げる。
「え」
「柏木くん、 ずっとひとりで抱えてそうだし」
少し困ったみたいに笑う。
「でも、全部ちゃんとしなきゃって思うと、 苦しくなるよ」
風がふわっと制服の袖を揺らした。
「だからまずは」
「“どうしたいか”じゃなくて、 “どうしたら少し楽か”から考えてもいいと思う」
その言葉に、 湊は目を細める。
そんな考え方、 今までしたことなかった。
帰るか帰らないか。
許すか許さないか。
ちゃんとするか、 全部投げるか。
極端なことばかり考えていた気がする。
水瀬は続ける。
「例えば、 今日はちゃんとご飯食べるとか」
「……子供かよ」
少し笑えた。
「でも大事だよ」
水瀬もつられて笑う。
「あと、 お母さんとまた話すなら、 全部一気に解決しようとしなくていいと思う」
俺は黙って聞く。
「“まだ怒ってる”でもいいし、 “分かんない”でもいいし」
水瀬は階段の手すりを見つめながら、 小さく言った。
「ちゃんと話そうとしてる時点で、 前より進んでると思うから」
その言葉に、 湊はしばらく何も返せなかった。
ただ、 胸の奥でぐちゃぐちゃだったものが、 少しだけ整理されていく気がした。
完璧じゃなくていい。
すぐ仲直りしなくてもいい。
それでも、 話してみようと思った自分を、 全部否定しなくてもいいのかもしれない。
俺はゆっくり立ち上がる。
「……水瀬」
「ん?」
「今日、 水瀬が来てくれてよかった」
その言葉に、 少しだけ目を丸くしてから、 ふわっと笑った。
「それならよかった」
階段の窓の向こう、 夜の色が静かに広がっていた。