離縁したはずですが、元夫が再会後に溺愛してきます
「東京に遊びに来てくれた日の澪と柊を送ったあと、急な仕事が入ったから家に帰らずにそのまま近隣のホテルに泊まったんだ。

朝早いスケジュールだったから宮原も夜のうちに合流した。宮原はいつも別の部屋だが、その日は俺の部屋のカードキーを持っていたようで、シャワーを浴びている間に部屋に入って来た。もちろん、これまで宮原がそんなことをしたことは一度もない」

宮原さんから連絡があった日のことだ。

お風呂上がりの会話が少し聞こえたことを思い出して、また嫌な気持ちがむくむくと膨れ上がる。

「その日、宮原さんと話したの。電話をいただいて……」

「――それは、俺のスマホからじゃなかったか?」

その通りだ。宮原さんが怒られやしないかと、少しばかり気まずい気持ちで頷く。

「その時は気が付かなかったが、後々、通話履歴に違和感を感じてな。澪の様子もおかしいし、もしかしてと思っていたんだ。嫌な思いをさせて悪かった。宮原にはそれなりの処分を下しておく」

「えっ……いえ、そんな処分だなんて……」

もしかしてクビにしてしまうのかと、慌ててフォローをした。

「宮原さんの言うことは間違ってなくて、私が樹さんに見合うようにしっかりしなくちゃいけないなって思っただけで……」

「上司の私物を断りなく使用するなんて、服務規律違反だ。信頼関係にも影響する。それに、俺に見合うってなんだ」

ピシャリと言い切る樹さんに、かつて上司だった頃の厳しさを垣間見る。

「樹さんの世間的な立場を考えて欲しいって……子どもの存在が明るみになったら今後の仕事にも影響がでるでしょう。樹さんに相応しくないから会うのを控えるように言われたの」

「――それで、俺と距離を置いた? 澪はそれでいいのか」

険が混じった低い声に、びくりと体を震わせる。

「違うよ……離れたくないから、どう変われたら認めてもらえるんだろうって悩んだの。今すぐなにかしないと、どんどん落ち込みそうで、でもどうしたらいいのかわからなかったから、ここ最近は、とりあえずシフトを増やして仕事に集中していたの。

……まだ答えは見つかってないけれど、樹さんに成長した姿を見せられたらいいなって思って」

「俺は変わったと思う?」

樹さんはしばらく沈黙していたが、その間に落ち着いたのか穏やかな声に戻っていた。

「……言われてみると変わってないかも……」

変わったのは世間的な立場で、樹さんは今も昔もプライベートでは優しく、仕事では芯があるところは変わらない。

「そうだ。仕事が変わっただけで俺自身は何も変わらない。いつの間にか以前と違っていたのは澪のほうだ」

「――私?」

「ああ、子どもができ澪はすっかり母親になっていて、価値観も優先順位も変わっていた。守られる側から、守る側へと変わっていた。

――俺とやり直すかどうかも、柊の気持ちを一番大切にしていただろう。どんなに気持ちを通じ合えても、柊が納得しなかったら俺は澪を諦めなくてはならなかった」

盲点を突かれた気分だった。

指摘されて腑に落ちる。生まれてからずっと、柊は私の生きる支えだった。樹さんにそっくりなあの子が毎日笑顔でいられること、それがなによりも大切だ。

樹さんが言うように、自分の気持ちだけでは決められないから、柊が受け入れられなければ当たり前のように諦める覚悟もできていた。

「ひとりで産み、育てていた澪は立派だよ。恥ずかしいことに子育ての知識がなかった俺は、一日も早く澪と柊に認めてもらえるようにと今でも必死だ」

「そんな……特別なことじゃないのに」

親なのだから、子ども中心になるのはあたりまえだ。

「それでもだ。俺だけの澪だったのにいつの間にか人として成長していて、柊から君は色んな男性に人気のようで、父親候補もいると聞いて内心穏やかではなかったな。

だから、柊にパパと呼んでもらえた時、泣きそうなほど心が震えた。親として認めて貰えたのだと嬉しくて堪らなかったよ」

女将さんが言っていたことはこれだったのかもしれない。置いていかれていると不安に感じていた気持ちは一緒だった。むしろ、樹さんの方が余裕を失っていた可能性もある。

――それにしても子育てに毎日必死だったから、知らぬ間に違う生き方を選ぶようになっていたなんて思ってもみなかった。

ただ当たり前と思っていた日々の生活を、もっと誇ってもいいのかもしれない。

「私、もっと自信をもって今の自分を受け入れてあげようと思う」

「そうだな。柊の件も気にしなくていい。自分の子どもを愛して何が悪い。世の中の否定的な声に左右されるつもりはないし、必要とあれば、理解させるだけだから安心してほしい」

助手席から身を乗り出し、スーツに身を寄せると樹さんはそっと髪から頬に指を滑らせた。
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