財閥令嬢の私が、三つ子の不良御曹司に世界を教えられるなんて
1年1学期

西園寺六花は窮屈

午後の授業が終わるチャイムが鳴った瞬間、六花の胸は自然と弾んでいた。

西園寺家の令嬢として生まれてから十五年。

高級ホテルのレストランも、一流料亭も、会員制のラウンジも知っている。

けれど――ファミリーレストランだけは行ったことがなかった。

昼休み、陽菜にそのことを話した時の反応は今でも忘れられない。

『ええっ!? 行ったことないの!?』

と、陽菜は目を丸くしながら大声を上げ、

『ウチの店、めっちゃ美味しいんだよ! しかも今日は私バイトだから従業員割引使えるし! 絶対行こうよ!』

と、半ば強引に約束を取り付けてきたのだ。

六花はその時、ファミレスという場所がどんなところなのかは分からなかったものの、陽菜が本当に楽しそうに話していたことが妙に印象に残っていた。

だからこそ、授業が終わった今も、まるで遠足を控えた子供のように少しだけ胸が高鳴っていた。

「じゃあ行こっか!」

校門を出た陽菜が明るい声を上げる。

「ええ」

六花も自然と笑みを浮かべながら頷いた。

しかし、その直後だった。

校門の向こう側に停車している黒塗りのリムジンが目に入ったのは。

磨き上げられた車体は夕日に照らされて鈍く光り、その周囲だけがまるで別世界のような威圧感を放っている。

いつもの光景。

毎日見慣れた光景。

それなのに、その日はなぜだか少しだけ息苦しく感じた。

「あっ……」

思わず小さく声が漏れる。

隣の陽菜もリムジンに気付き、

「うわ……今日もすごい……」

と感心したように呟いていた。

六花の通う学校は都内の名門女子校で、世間ではお嬢様学校として有名だが、近年は純粋に学力で入学する生徒が多いため、学内では、本物のお嬢様の方が少数派だ。

六花は軽く苦笑すると、車へ向かって歩き出した。

リムジンの運転席から、年配の運転手、佐々木がすぐに降りてくる。

西園寺家に長年仕えている使用人の一人だった。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

深々と頭を下げる佐々木に、六花はいつも通り微笑み返した。

そして今日は少しだけ予定が違うことを伝える。

「今日はお友達と約束があるの」

佐々木が顔を上げる。

「約束、でございますか」

「ええ。陽菜さんとファミレスへ行く約束をしたの。だから送迎はいらないわ。帰る時にまた連絡するから心配しないで」

できるだけ自然に言った。

本来なら何の問題もないはずだった。

友人と放課後に寄り道をする。

高校生なら当たり前のことだ。

だが、運転手の表情は一瞬にして曇った。

「なりません」

あまりにも即答だった。

六花の笑顔が固まる。

「え?」

「なりません、お嬢様」

運転手は申し訳なさそうな顔をしながらも、はっきりと言い切った。

「私は旦那様より、お嬢様を学校から屋敷まで寄り道をさせず、安全に送り届けるよう仰せつかっております」

六花の胸の奥が少しだけ冷たくなる。

まただ。

また、自分では決められない。

また、自分の意思よりも『西園寺家のお嬢様』であることが優先される。

「でも、ただお友達と食事をするだけよ?」

「それでもなりません」

「どうして?」

六花は思わず聞き返していた。

運転手は困ったように眉を下げる。

そして少し声を潜めた。

「ファミリーレストランなど、不特定多数の方々が出入りする場所でございます」

六花は黙って続きを待った。

「それに……」

運転手は言いにくそうに口ごもる。

しかし結局、言葉を飲み込めなかった。

「そのような下賤な平民で溢れた場所へお嬢様が行かれたと知れば、紫苑様がどれほどご心配なさるか……」

六花の胸の奥で何かが引っかかった。

下賤な平民。

聞き慣れた言葉だった。

西園寺家の中では珍しくもない価値観だった。

けれど――

隣に立っている陽菜も、その『平民』に含まれているのだ。

昼休みに楽しそうにファミレスの話をしてくれた陽菜も。

バイトをしながら家計を支えている陽菜も。

全部。

その一言で片付けられてしまう。

六花はそっと拳を握り締めた。

そして、胸の奥に広がっていく息苦しさの正体を少しだけ理解した気がした。

自分はずっと守られてきた。

大切にされてきた。

愛されてもきた。

けれど――

その代わりに、自由だけは与えられていない

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