【新作】財閥令嬢の私が、三つ子の不良御曹司に世界を教えられるなんて
お嬢様の好奇心
【side 翼】
その日。
俺は道明寺家の広い庭園の片隅に置かれた白いベンチへ腰掛けながら、珍しく本を読んでいた。
夏の日差しは強かったが、この場所は大きな木々が影を作ってくれているため意外と涼しく、屋敷の中より落ち着いて考え事ができるお気に入りの場所だった。
もっとも、その静かな時間は長く続かなかった。
「翼くん。」
聞き慣れた声がした。
顔を上げると、そこには六花がいた。
白いワンピースを着た六花は、木漏れ日の中に立っているせいか妙に幻想的に見えて、思わず一瞬だけ視線が止まる。
「なんだよ。」
平静を装って答える。
だが、六花はなぜか少し緊張したような顔をしていた。
そして、俺の隣へ腰を下ろす。
近い。
近い近い近い。
俺は蓮と違って女に耐性ねぇんだよ。
甘い香りまでしてくる。
「お願いがあるの。」
嫌な予感がした。
六花のお願いというのは、大抵ろくでもない。
本人は無自覚だが。
「聞くだけ聞いてやる。」
そう言うと、六花は少しだけ身を乗り出した。
大きなブラウンの瞳がまっすぐ俺を見上げる。

「黒龍の倉庫に行ってみたいの。」
俺は固まった。
数秒。
完全に固まった。
「……は?」
思わず聞き返してしまう。
「だから黒龍の倉庫。」
六花は当然のように繰り返す。
「一回だけでいいから見てみたいの。」
「なんで。」
「気になるから。」
「なんで。」
「翼くんたちが大切にしてる場所なんでしょう?」
六花は首を傾げる。
「だから見てみたいの。」
俺は頭を抱えたくなった。
怖くないのか。
普通。
暴走族だぞ。
喧嘩してるところも見ただろ。
総長だって知っただろ。
なのに、気になるから見たい。
その発想が理解できない。
六花の生態は俺の理解の範疇を超えているのかも知れない。
碧の言う通り、天然記念物だ。
「駄目だ。」
即答する。
すると、わかりやすく六花の肩がしゅんと落ちた。
大型犬みたいだった。
いや、捨てられた子犬かもしれない。
罪悪感がすごい。
「どうして?」
六花が聞く。
そして、上目遣いになる。
まずい。
非常にまずい。
「危ないから。」
「でも翼くんたちがいるでしょう?」
「それでもだ。」
「お願い。」
やめろ。
「一回だけ。」
やめてくれ。
「駄目?」
そんな顔をするな。
俺は思わず視線を逸らした。
好きな女に上目遣いでそんな顔をされたら断れる男なんて存在しないと思う。
少なくとも俺は無理だ。
だが、本当に倉庫へ連れて行くのは問題が多すぎる。
まず、道明寺家の塀を越える時点で詰む。
六花があの高さを飛び越えられる未来が見えない。
というか。
絶対無理だ。
そして、倉庫は男だらけだ。
黒龍の連中は基本的に良いやつらだが、それでも六花を見たら騒ぎになるのは確実だった。
何より、俺自身が心配になる。
だから、別の方法を考えることにした。