好きなのは、そこじゃない
第4章:ちゃんと伝えたい【side:Takumi】
 東陽機工からの帰り以降、牧野さんはより一層俺と目を合わせてくれなくなった。

 仕事はいつも通りだ。
 頼んだことはすぐにやってくれるし、確認事項にもきちんと答えてくれる。

 でも、それだけだった。

「高瀬さん、こちら確認お願いします」
「ああ」

 書類を受け取る際、指先が触れそうになって、牧野さんがそっと手を引いた。

(……避けられてる?)

 胸の奥が重くなる。
 理由なんて考えるまでもない。
 昨日だ。
 あの帰り道。
「好きなんです」
 そう言われた瞬間、心臓が跳ねた。
 一瞬だけ、俺のことかと思った。
「……えっと……好きって、その、もしかして俺のことが?」
 自分でも情けない勘違いだったと思う。
 牧野さんは真っ赤になって首を振った。
「ちっ、違わないけど違いますっ」
 結局、何が好きなのか最後までは言わなかった。

 ただ、照れながら、
「人には言えないような……フェチ」
 そう口にした。

 それを言われた瞬間、俺もだ、と思った。

 誰にも言えなかった好みがある。
 同じなんだと。
 だから、
「俺もある」
 そう返した。
 あれが間違いだった。

 大学生の頃、友人との何気ない会話で、
「小柄な子が好き」
 そう話した。
「あと、胸が小さい子」
 そう続けた途端、
「お前、それ、ロリコンじゃん!」
 笑われた。
 恐らく悪意なんてない、ただの冗談だろう。
 それでも俺は傷付いた。
 好きなものを話しただけなのに、と。
 それ以来、この話は誰にもしなかった。

 そう。昨日までは。

 でも、牧野さんなら笑わない。
 勝手にそう思ってしまった。

 人には言えない好みを持っていると申し訳なさそうにつぶやいた彼女なら、俺の話も受け止めてくれるんじゃないかと――。

 ……けど、違った。

 俺が話した瞬間、牧野さんの表情が変わった。

 今日になって、その距離はもっとはっきりした。

 避けられている。
(何故?)
 そう考えて、ようやく思い至った。

 営業先で学生と間違えられた日、
「こう見えて入社四年目なんです」
 牧野さんは笑っていた。

「小さいから得ですよね」
 そう言われた時も笑っていた。

 でも、あれは本当に平気だったんだろうか?

 笑っていたんじゃない。
 笑うしかなかったんだとしたら?

 学生に間違えられることも、小さいと言われることも、ずっと気にしていたんだとしたら?

 そんな彼女に俺は。

  〝キミの《《そういうところ》》が好きなんだ〟

 そう伝えてしまった。

 好きと言われたら嬉しい。
 自分がそうだから、相手もそうだと思い込んで。

(最低だ……)

 椅子へ深く腰を下ろし、小さく息を吐く。

 傷付けるつもりなんてなかった。
 ただ、少しでも彼女に近付きたかった。

 人には言えない好みを持っているのは、自分だけじゃない。
 そう思えたことが嬉しくて……ずっと片思いをしていた彼女になら、俺のことも話せる気がした。
 それだけだった。
 でも、それは全部、俺の都合だ。

 パソコンへ視線を落とす。
 開いたままの資料は、まるで頭に入ってこない。

 最初に目を奪われた理由は、確かにそうだった。

 小柄で、華奢で……胸もささやか。牧野さんは、まさに俺の好み、そのままだった。

 でも今は違う。
 終業間際の急な仕事にも『お手伝いできることはありますか?』と笑ってくれて、最後まで一緒に残ってくれる。そんな優しさに、俺は何度助けられてきただろう。

 照れるとすぐ真っ赤になる、真面目で、一生懸命な人。

 気付けば、俺が目で追っていたのは、彼女の小柄な身体じゃない、〝牧野ひよりさん〟その人だった。

 きっかけは、確かに見た目だったのかもしれないけれど、今、彼女を好きな理由は違うとハッキリ断言できる。

 もちろん、最初に惹かれた理由を、なかったことにはできない。
 でも、それだけではきっと、ここまで好きになっていないのだ。

 そういうことを、ちゃんと伝えよう。
 きっかけも、いま好きでいる理由も……全部。俺の言葉で。

 逃げるのは、やめよう。
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