金木犀の奏鳴曲(ソナタ)
「……僕は本気で『追いかけてこい』と思って言ったんです。告白するのは、出発ロビーだと決めていましたから」

「ーーったく。郁はお前の『追いかけてこい』をどう受け止めたのか、俺には解らない。そのまま受け止めたのか、そうではなかったのか。それはお前の問題ではなくて、郁の問題だ。もう、忘れていいのでは」

詩月はあの時の郁子の涙を忘れることなどてきないと思った。

あの時の冷たい涙を。

「あなたは……わたしの遥か先にいる。……頑張っても頑張っても……追い付けない」

吐息のように呟いた郁子の震えた声を。

「あなたは……どんどん先へ行く……」

涙に濡れた瞳で、詩月を見上げた郁子の嗚咽を。

「……あなたが遠いの。……こんな近くに……目の前にいるのに」

あの悔し涙を忘れることなどてきない。

詩月にはあの時の虚しさと寂しさを忘れることはできない。
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