愛とか恋とかウザいので

プロローグ

 ふわりとしたシルエットのブラウス、プリーツスカート、ピンクのカーディガン。クローゼットから取り出したそれらの品を、朝比奈(あさひな)萌依(めい)は、そのままゴミ袋に押し込んでいく。

「こんなの、もういらない」

 甘い色味のリップやチークも、きっともう二度と使わない。
 そうやって目につく〝可愛い〟を片っ端から手放していくことで、胸にわだかまる痛みも捨てることができたらいいのに。
 だけど初めて付き合った恋人に裏切られた痛みは、そんなことぐらいで消えてはくれない。
 それどころか、『お前見たな残念なヤツ、本気で愛されるわけないだろ』と投げかけられた嘲りの言葉が、萌依の耳にまとわりついて離れない。

「もう二度と、恋なんかしないんだから」

 乱暴に涙を拭って、萌依は、自分に言い聞かせる。
 彼に付き合おうと言われた時、心が舞い上がって、自分が物語の主人公にでもなったような気がしてた。
 世界が輝いて見えたぶん、失恋すれば、胸がこんなに痛くなるのだ。

「だからもう愛も恋もいらない」

 萌依は、一人暮らしをする部屋でそう宣言する。

 ――そう覚悟を決めて、転職して一年半。

(これは、どういうことなのだろう?)

 テーブルに肘をつき、こちらへと右手を差し出す見目麗しい御曹司を前に、萌依の思考がフリーズする。
 萌依の戸惑いをよそに、見目麗しい御曹司こと早瀬蒼弥は、先ほどと同じ台詞を口にする。

「お互い、愛だの恋だのはウザいと思っているんだ。それならいっそのこと、愛のない結婚でもしてみないか?」

 癖のある微笑みを添えて、そんなことを言われても困る。
 なにせ彼は、世界的シェアを持つ時計ブランドHarmoniaの創業家の御曹司で、現社長なのだ。
 ついでに言えば、ハルモニアの社長秘書である萌依の、直属の上司でもある。
 失恋を機に転職した萌依は、愛も恋もお断りと堅実に生きてきた。これからは仕事を人生の主軸に置いて生きていきたいと思っているのに、こんなプロポーズ喜べるわけがない。

「確かに恋愛もお断りですけど、それと契約結婚は別問題です」

「では、他に解決策でも?」

 その問いかけに、萌依はグッと息を呑む。
 上司である蒼弥には、生真面目で人を騙すなんて発想を持ち合わせていない萌依が、どちらを選択するかお見通しなのだろう。

「う……っ」

「君の好きにすればいい」

 ニンマリ勝者の笑みを浮かべる上司を睨みつつ、萌依はこんな状況に至った経緯を思い出す。
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