愛とか恋とかウザいので
都心の一等地ともいえる洗練された街の一角にあるその店は、ブランドにこだわらず、オーナーのセンスで仕入れたファッションアイテムを扱うセレクトショップとのことだ。
「ショッピングモールとか、アウトレットで買い物をするのかと思ってました」
萌依としては、見るからに高級感あふれる店の佇まいに気後れしてしまう。
「ドレスだけじゃなく、それに合わせたアクセサリーも必要になら、こういう店で纏めて選んだ方がいいだろう」
軽い口調で返して、蒼弥は店へと向かう。
「ごもっともです」
萌依ひとりではまず立ち寄らないタイプの店なので気後れするが、会社から労働に見合った給与は貰っている。この店で披露宴に必要な品を全て揃えられるのであれば、その方がいいだろう。
納得して、萌依は蒼弥の後に続いた。
外観は素っ気ない印象だったが、内装はクラシカルな温もりを感じさせる内装をしていた。
漆喰塗の壁の低い位置はダークブラウンの腰壁になっていて、ドレスを掛けるラックなどはくすんだ小金色をしている。全体的にクラシカルで、さりげなく置かれている小物も可愛らしい。
「早瀬さんは、前にもこのお店に来たことがあるんですか?」
内装も扱う商品のラインナップも、この店は、ターゲットを女性に絞っているとわかる。
恋愛お断りと言いつつこんな素敵な場所を知っている蒼弥は、恋人がいないだけで、かなり女性慣れしているのではないだろうか。
萌依の問いに、蒼弥は頷く。
「この店は、選りすぐりの逸品しか扱わないと、富裕層のご婦人たちにも高い評価を受けている。だからハルモニア商品を置いてほしくて、一時期売り込みに通っていたからな」
「社長自らですか?」
そういうのは、営業の仕事ではないのか。
「社長の俺が率先して動かないと、人はついてこない。社長に就任してすぐの頃はとくに、これまでと違ったことをしたがる俺への風当たりも強かったから、自分で動いて実績を作っていく必要もあった」
ラックにかけられているドレスの品定めをしながら蒼弥が言う。
萌依がハルモニアに転職してきた頃には、ハルモニアの業績はかなり回復しており、それを数年でやり遂げた蒼弥は、時代の風雲児ともてはやされていた。
その評価は、御曹司に生まれた彼に最初から準備されていたものではなく、本人が努力の末につかみ取ったものだったのだと改めて気付かされた。
萌依が転職したのは、失恋した痛みを振り切るためのものだった。だけど蒼弥は違う。
苦労するのを承知で、それまでに築いた地位を手放して、ハルモニアの社長に就任したのだ。
「そんなふうに自分を通すのは、怖くないですか?」
自分とは違う蒼弥の生き方に、萌依の口からついそんな疑問が零れる。
「自分の気持ちに嘘をつく方が怖いだろ。なにせコイツとは、一生付き合って行かなくちゃいけないのだから」
軽い口調で返して、拳で自分のこめかみを軽く叩く。
どこまでも迷いのない彼の姿に、萌依としては、人間としての格の違いを感じずにはいられない。
「早瀬さんのことを、素直に尊敬します」
「なんだ、俺と結婚する気になったか?」
尊敬を示す萌依を蒼弥が揶揄ってくる。
「それとこれとは、別の問題です」
萌依がジットリした視線を向けると、蒼弥は苦笑して選んだドレスをこちらへと差し出す。
「これなんかどうだ?」
彼が手にしているのは、細かい花の刺繍が施されたレースを重ねた淡い菫色のドレスで、光の当たる角度によって微かに色味が違って見える。
ハイネックの首元や、袖はレース素材のみだけど、落ち着いた色味と上品なデザインのため派手といった印象はない。
だけど……。
「もう少し明るい色の方が好みか?」
萌依の表情を見て、蒼弥は次に桜色のドレスを手に取った。
それは先ほどの先ほど勧められたドレスよりも、可愛らしい印象がある。
「いえ。どちらも私には、華やか過ぎて似合わないと思います」
そう返す萌依の手は、吸い寄せられるように別のドレスを選んだ。
くすみがかったダークグレーのドレスは、彼が選んだドレスに比べて華やかさに欠けるが、首周りは透け感のあるチュールが幾重にも重ねられていて存在感がある。
パール系のアクセサリーを合わせれば、上品な可愛らしさを演出できるのではないだろうか。
そんな意見を添えて蒼弥の反応を窺うと、彼は口角を下げて肩を上下させる。
「駄目ですか?」
「無難なファッションに逃げてどうする。それで本当に満足なのか? あのムカつく男を黙らせるために、隙のないファッションで武装するんじゃないのか?」
「うっ。でも私には、可愛すぎるドレスは不釣り合いかと」
痛いところを突かれて言い訳する萌依を、蒼弥は気軽な口調で諭してくる。
「俺は、君の敵じゃないんだ。あまり警戒しないで、こちらの意見に耳を傾けてみろ」
「早瀬さんのことは、もちろん信頼しています。ただ自分に自信がないだけです」
「そうか。それならなおさら、自分の感性じゃなく俺の言葉を信じてみろ。萌依は肌に透明感があるから、華やかなドレスの方が映える」
相変わらず、簡単には自分の意見を曲げない人だ。
しかも蒼弥の声には、聞いている者の心を惹きつける不思議な響きがあるので困る。
萌依としては、本気で自分に華やかなドレスは似合わないと判断しているはずなのに、蒼弥にそんなふうに言われると、それが正解のように思えてしまう。
(どうしよう……)
「萎縮した気持ちで黒を着ると、服に負けるぞ」
正しくは、萌依が選んだドレスはダークグレーなのだけど、彼の発言には説得力がある。
萌依が、自分の選んだドレスと、彼が選んだドレスを見比べていると、蒼弥はこちらに自分が選んだドレスを差し出す。
「まずは怖がらずに試してみろ。否定は、その後でもできる」
確かにそのとおりだ。
蒼弥が言うとおり、自分には似合わないと、試着さえ怖がっていては彼を付き合わせている意味がない。
自分に自信がないのであれば、ひとまず信頼の置ける彼の言葉を信じてみるべきなのだろう。
表情で萌依の考えが纏まったのがわかったのだろう。
蒼弥は、彼女の手からダークグレーのドレスを取り上げ、代わりに自分の選んだドレスを持たせる。
「ついでに、後でこのドレスを着こなす秘訣を教えてやるから安心しろ」
そんなふうに背中を押されて、萌依は店員の案内を受けて試着室に向かった。
「ショッピングモールとか、アウトレットで買い物をするのかと思ってました」
萌依としては、見るからに高級感あふれる店の佇まいに気後れしてしまう。
「ドレスだけじゃなく、それに合わせたアクセサリーも必要になら、こういう店で纏めて選んだ方がいいだろう」
軽い口調で返して、蒼弥は店へと向かう。
「ごもっともです」
萌依ひとりではまず立ち寄らないタイプの店なので気後れするが、会社から労働に見合った給与は貰っている。この店で披露宴に必要な品を全て揃えられるのであれば、その方がいいだろう。
納得して、萌依は蒼弥の後に続いた。
外観は素っ気ない印象だったが、内装はクラシカルな温もりを感じさせる内装をしていた。
漆喰塗の壁の低い位置はダークブラウンの腰壁になっていて、ドレスを掛けるラックなどはくすんだ小金色をしている。全体的にクラシカルで、さりげなく置かれている小物も可愛らしい。
「早瀬さんは、前にもこのお店に来たことがあるんですか?」
内装も扱う商品のラインナップも、この店は、ターゲットを女性に絞っているとわかる。
恋愛お断りと言いつつこんな素敵な場所を知っている蒼弥は、恋人がいないだけで、かなり女性慣れしているのではないだろうか。
萌依の問いに、蒼弥は頷く。
「この店は、選りすぐりの逸品しか扱わないと、富裕層のご婦人たちにも高い評価を受けている。だからハルモニア商品を置いてほしくて、一時期売り込みに通っていたからな」
「社長自らですか?」
そういうのは、営業の仕事ではないのか。
「社長の俺が率先して動かないと、人はついてこない。社長に就任してすぐの頃はとくに、これまでと違ったことをしたがる俺への風当たりも強かったから、自分で動いて実績を作っていく必要もあった」
ラックにかけられているドレスの品定めをしながら蒼弥が言う。
萌依がハルモニアに転職してきた頃には、ハルモニアの業績はかなり回復しており、それを数年でやり遂げた蒼弥は、時代の風雲児ともてはやされていた。
その評価は、御曹司に生まれた彼に最初から準備されていたものではなく、本人が努力の末につかみ取ったものだったのだと改めて気付かされた。
萌依が転職したのは、失恋した痛みを振り切るためのものだった。だけど蒼弥は違う。
苦労するのを承知で、それまでに築いた地位を手放して、ハルモニアの社長に就任したのだ。
「そんなふうに自分を通すのは、怖くないですか?」
自分とは違う蒼弥の生き方に、萌依の口からついそんな疑問が零れる。
「自分の気持ちに嘘をつく方が怖いだろ。なにせコイツとは、一生付き合って行かなくちゃいけないのだから」
軽い口調で返して、拳で自分のこめかみを軽く叩く。
どこまでも迷いのない彼の姿に、萌依としては、人間としての格の違いを感じずにはいられない。
「早瀬さんのことを、素直に尊敬します」
「なんだ、俺と結婚する気になったか?」
尊敬を示す萌依を蒼弥が揶揄ってくる。
「それとこれとは、別の問題です」
萌依がジットリした視線を向けると、蒼弥は苦笑して選んだドレスをこちらへと差し出す。
「これなんかどうだ?」
彼が手にしているのは、細かい花の刺繍が施されたレースを重ねた淡い菫色のドレスで、光の当たる角度によって微かに色味が違って見える。
ハイネックの首元や、袖はレース素材のみだけど、落ち着いた色味と上品なデザインのため派手といった印象はない。
だけど……。
「もう少し明るい色の方が好みか?」
萌依の表情を見て、蒼弥は次に桜色のドレスを手に取った。
それは先ほどの先ほど勧められたドレスよりも、可愛らしい印象がある。
「いえ。どちらも私には、華やか過ぎて似合わないと思います」
そう返す萌依の手は、吸い寄せられるように別のドレスを選んだ。
くすみがかったダークグレーのドレスは、彼が選んだドレスに比べて華やかさに欠けるが、首周りは透け感のあるチュールが幾重にも重ねられていて存在感がある。
パール系のアクセサリーを合わせれば、上品な可愛らしさを演出できるのではないだろうか。
そんな意見を添えて蒼弥の反応を窺うと、彼は口角を下げて肩を上下させる。
「駄目ですか?」
「無難なファッションに逃げてどうする。それで本当に満足なのか? あのムカつく男を黙らせるために、隙のないファッションで武装するんじゃないのか?」
「うっ。でも私には、可愛すぎるドレスは不釣り合いかと」
痛いところを突かれて言い訳する萌依を、蒼弥は気軽な口調で諭してくる。
「俺は、君の敵じゃないんだ。あまり警戒しないで、こちらの意見に耳を傾けてみろ」
「早瀬さんのことは、もちろん信頼しています。ただ自分に自信がないだけです」
「そうか。それならなおさら、自分の感性じゃなく俺の言葉を信じてみろ。萌依は肌に透明感があるから、華やかなドレスの方が映える」
相変わらず、簡単には自分の意見を曲げない人だ。
しかも蒼弥の声には、聞いている者の心を惹きつける不思議な響きがあるので困る。
萌依としては、本気で自分に華やかなドレスは似合わないと判断しているはずなのに、蒼弥にそんなふうに言われると、それが正解のように思えてしまう。
(どうしよう……)
「萎縮した気持ちで黒を着ると、服に負けるぞ」
正しくは、萌依が選んだドレスはダークグレーなのだけど、彼の発言には説得力がある。
萌依が、自分の選んだドレスと、彼が選んだドレスを見比べていると、蒼弥はこちらに自分が選んだドレスを差し出す。
「まずは怖がらずに試してみろ。否定は、その後でもできる」
確かにそのとおりだ。
蒼弥が言うとおり、自分には似合わないと、試着さえ怖がっていては彼を付き合わせている意味がない。
自分に自信がないのであれば、ひとまず信頼の置ける彼の言葉を信じてみるべきなのだろう。
表情で萌依の考えが纏まったのがわかったのだろう。
蒼弥は、彼女の手からダークグレーのドレスを取り上げ、代わりに自分の選んだドレスを持たせる。
「ついでに、後でこのドレスを着こなす秘訣を教えてやるから安心しろ」
そんなふうに背中を押されて、萌依は店員の案内を受けて試着室に向かった。