愛とか恋とかウザいので
「加茂さん」
驚く萌依に、亨介が噛みつくように言う。
「お前、調子に乗るなよな!」
「え?」
「俺に捨てられて会社辞めた痛い女のくせに、眞希子意識して今日だけ着飾りやがって。ウザいんだよ。前のせいで俺が、眞希子に噓をついたと思われているだろっ!」
一方的に怒鳴る亨介の息が酒臭い。
「か、加茂さん、なに言ってるの? 飲み過ぎなんじゃない」
慌てて今田が止めに入るが、亨介の勢いは止まらない。
「はぁ? お前ら、コイツが普段どれくらいイタイ格好しているか知ってるか? 証拠みせてやるよ」
亨介はスマホを取り出し、操作する。
なにをするのかと思って見ていると、時代劇のご老公のお供が印籠でも出すかのように、こちらへと画面を向けようとした。
だけどそれを萌依たちに見せるより先に、横から伸びてきた手が亨介の手首を掴んだ。
「ろくでもない男だとは思っていたが、隠し撮りとは品性のかけらもないな」
そう言って亨介からスマホを取り上げるのは、蒼弥だ。
どこから現れたのか知らないが、チノパンで開襟シャツにジャケットを羽織る蒼弥は、片手で亨介の手を捻ったまま、もう一方の手で取り上げたスマホの操作をする。
オフィスで見かける三つ揃えのスーツとまではいかないが、洒落た装いの彼は、披露宴の参列者に紛れても違和感がない。
(早瀬社長がどうしてここに?)
名前を口にしていいかわからず、黙って目を丸くする萌依の見つめる先で、蒼弥は亨介のスマホの操作を続ける。
「おいっ、返せっ! ……ッ」
蒼弥に強く手首を掴まれたのか、亨介が痛みに顔を顰めた。
「彼女を隠し撮りした写真だけ削除させてもらう」
蒼弥が苛立った声で言う。
どうやら先日ハルモニアを訪ねてきた際に、萌依の姿を隠し撮りしていたらしい。
その目的はもちろん、萌依を笑いものにするためだろう。
あまりにも悪趣味な彼の行為に、周囲がざわめく。
そんな中、スマホの操作を終えたスマホを亨介に返した。そのついでに、掴んでいた亨介の手を離す。
「テメエ、なにしやがっ……あっ」
投げ捨てるようにスマホを返された亨介が、体を反転させて息を呑む。体の角度を変えことで、自分の手首を掴んでいたのが誰なのか理解のだろう。
「は、ハルモニアの早瀬社長」
亨介の言葉に、周囲がざわつく。
「十和企興の社員の無礼な姿を見るのは、これで二度目だな」
「いえ、これはその……」
侮蔑の眼差しを向けられ、亨介は、ごにょごにょと言い訳の言葉を探すけど、蒼弥はそれに耳を傾けることなく、萌依へと視線を向けて甘く微笑む。
「萌依」
軽やかな声で蒼弥が萌依の名前を呼んだ。
その姿は、待ち焦がれていた恋人との再会を喜んでいるかのようにも見えるけど、萌依にはこれがただの茶番とわかっている。
引き続き彼がこの場にいるのかは不明だけど、敵認定した相手には、その人が一番嫌がる角度から仕掛ける主義と話していた蒼弥ことだ。亨介が一番嫌がる角度からケンカを売っているだけなのだ。
それだというのに、親しげに萌依の名前を呼ぶイケメンの突然に周囲がざわつく。
「え、早瀬社長っ!」
「ハルモニアの?」
(しまった)
彼が誰なのか周囲に気付かれる前に、この場から連れ出すべきだった。
萌依が後悔していると、今田が大きな声をある。
「そうだ。この人、ハルモニアの社長の早瀬さんよ! 取材の記事を見たことあるわ」
その声に、離れた場所にいた人たちもざわつき始めた。
一度そうだと気付けば、蒼弥には隠しようのない存在感がある。
彼に引き寄せられるように人が集まりざわつき始めると、眞希子が勢いよくこちらへと駆けてきた。
「ちょっと、朝比奈のことを、こらしめるてくれるんじゃなかったの?」
周囲のざわめきを見て、自分が思っていたような状況になっていないと気付いたのだろう。眞希子は、亨介の腕を引いて険しい表情で詰め寄る。
どうやら萌依に恥をかかせようと、亨介をけしかけ、遠くから成り行きを見守っていたらしい。
「懲らしめる?」
蒼弥の声に彼を見た眞希子はハッと息を呑んだ。
頭に血が昇り、周囲にあまり目がいっていなかったが、至近距離で顔を合わせたことで、今更ながらに彼の存在に気付いたらしい。
蒼弥と目が合った眞希子は、急に瞳を輝かせて媚た笑みを浮かべる。
「えっと……、なんのことかしら? あら、朝比奈さん、元気そうでよかったわ。急に会社を辞めてから、先輩として心配してたのよ」
白々しい言葉を口にする眞希子は、自分は萌依に命令する権利があるとでも言いたげな態度で続ける。
「それで、そちらの方はどなた? 紹介していただける?」
離れた場所にいた眞希子は、蒼弥が萌依の関係者であることは理解できても、彼が誰であるかまでは理解していなかったようだ。
蒼弥が眞希子に冷めた視線を向ける。蒼弥の纏う空気が、再び冴え冴えとしたものへと戻っていく。
その変化を肌で感じ取って、萌依は内心やめてくれと慌てた。
なにせ蒼弥は、敵認定をした相手には容赦ない上に、相手が一番嫌がる角度から仕掛けるのを常としているのだ。
眞希子が蒼弥に熱っぽい眼差しを向けているこの場合……。
「あ、えっと館野さん、こちらは……」
とにかく急いで蒼弥を紹介し、早く彼をこの場から連れ出そう。
そう思い、萌依が蒼弥を紹介しようとした。だけどそれより早く、蒼弥が萌依の肩に腕を回して自分の方に引き寄せた。
「キャッ! しゃ、社長っ近いです」
慌てる萌依の反応を楽しむように、蒼弥は涼しい顔で言う。
「萌依、仕事以外の時間にその呼び方をするのはやめてくれって言っているじゃないか。俺のことは『蒼弥』と呼んでくれと言っただろ」
「なっ……」
それは昨日、買い物をするときに交わした会話のことを示しているのだろうか。
確かにプライベートな時間まで『社長』と呼ばれるのは落ち着かないと蒼弥に言われた。その際、冗談で『蒼弥と呼んでくれてもいい』とは言われたが、そこだけ切り取られると、大きく印象が違ってくる。
甘いマスクの蒼弥が、親しげな口調でそんなことを言えば、周囲はふたりが親密な関係と思うだろう。
案の定、周囲からは「きゃ〜」と甘い悲鳴が上がるし、眞希子は、驚愕の表情を浮かべている。
突然のことに声が出てこず、萌依が口をパクパクさせていると、騒ぎに気付いた仁美夫妻が様子を見にきた。
「萌依、この人は?」
招待した覚えのない蒼弥に気付いて、仁美が警戒する。仁美はそのまま、萌依を自分の方に引き寄せて、蒼弥を睨んだ。
仁美態度に、蒼弥が気を悪くする様子はない。さっきまで萌依の肩を抱いていた手を、自分の胸に添えて突然の乱入を詫びる。
「招待客でもないのに、騒ぎを起こしてしまって申し訳ありません。萌依を迎えに来る時間を間違ってしまったみたいで、そろそろ式が終わるかと思って覗きにきたら悪目立ちしてしまって」
せっかくの結婚式で、あまり騒ぎを大きくしてもいけないと思ったのだろう。亨介の盗撮の件には触れずに、自分がこの場にいる理由を説明する。
それは蒼弥の配慮なのだろうけど……。
「萌依っ!」
仁美が声を跳ねさせる。
「萌依、あなた、この人とどういう関係なの? 『萌依』だなんて、『萌依』だなんて」
視線を蒼弥から萌依へと移して仁美が早口に続ける。
どうやら彼女には、見知らぬ男性がこの場所にいることより、その彼が、萌依に親しげな態度を取ることの方が大問題らしい。
「変なタイミングでの自己紹介になってしまい申し訳ありませんが、私はハルモニアの社長を務めさせていただいている早瀬蒼弥と申します。あいにく休日のため名刺は持ち歩いていませんが、もし疑うようでしたら、弊社のホームページででも顔を確認していただければと思います」
仁美が視線で、萌依に事実かと確かめてきた。
萌依が頷くと、仁美は「そのハルモニアの社長さんが、どうして萌依のお迎えを?」と戸惑いを深める。
口調としては疑問形式だけど、祈るように両手を組み合わせて瞳を輝かせる仁美の中では答えが決まっているらしい。
「それはですね……」
「待って仁美、絶対に違うからっ」
薄く微笑む蒼弥が言い出しそうなことを察して、萌依は慌てて会話に割り込む。だけど蒼弥は、それを無視して続ける。
「萌依にプロポーズ中なので、少しでもポイントを稼ぎたいんです」
萌依の妨害など気にせず発した蒼弥の言葉に、周囲が大きくどよめいた。
「そんなこと、あるわけないじゃないっ! ハルモニアの社長が、朝比奈にプロポーズだなんてっ!」
ヒステリックに叫んだのは眞希子だ。
だけど周囲のどよめきにかき消されて、眞希子の意見に同意を示す声は上がらない。
それがよほど悔しかったのだろう。頬が痙攣するほど強く奥歯を噛み締めた眞希子が、萌依を睨む。
ただひとり亨介がオロオロして、彼女の肩に手を触れさせるが、眞希子の方はそれを煩わしいらしい。
乱暴に、亨介の手を振り払う。
萌依はといえば仁美や今田が大騒ぎするので、眞希子たちの相手をするどころではない。
「萌依、今のホント? あなた、ハルモニアの社長にプロポーズされたの?」
「違うの、確かにプロポーズはされたけど、そういうんじゃなくて……」
「キャ〜ッ! 本当にプロポーズされたんだ」
「どうして教えてくれなかったの? 心配してたのよ」
噓のつけない萌依が、言葉を選んで訂正しようとした声が、周囲の歓声に呑み込まれていく。
その状況に圧倒されて、萌依が口をパクパクさせていると蒼弥が人の悪い笑みを浮かべて言う。
「彼女の性格をご存知ならご理解いただけると思いますが、私の社会的立場を考えて、友人にも打ち明けずにいたんです」
(なに言ってるんですか!)
萌依はカッと目を見開いて蒼弥にアイコンタクトを送るが、彼は動じない。
「萌依が話したいなら、全てをありのままに話してくれても、俺は構わないんだよ」
甘い微笑みを添えて、そんなことを言う。
それはつまり、お互い愛も恋も面倒だと思っているからこそ、契約結婚を提案したということをありのまま話して構わないということだろうか。
彼の秘書である萌依として、そんなこと言えるわけがない。
「ごめん、ちょっと事情は説明しにくいかも」
萌依がうなだれて詫びると、人のいい仁美は「相手が早瀬社長なら仕方ないよ」と、理解を示してくれる。
「でもすごいシンデレラストーリーだよね。本当に、転職して正解だよ」
今田が言う。
他の人たちも、口ぐちに萌依と蒼弥の関係を祝福してくれる。その誰もが、萌依が蒼弥のプロポーズを受け入れると思い込んでいることに、萌依としてはめまいを覚えた。
驚く萌依に、亨介が噛みつくように言う。
「お前、調子に乗るなよな!」
「え?」
「俺に捨てられて会社辞めた痛い女のくせに、眞希子意識して今日だけ着飾りやがって。ウザいんだよ。前のせいで俺が、眞希子に噓をついたと思われているだろっ!」
一方的に怒鳴る亨介の息が酒臭い。
「か、加茂さん、なに言ってるの? 飲み過ぎなんじゃない」
慌てて今田が止めに入るが、亨介の勢いは止まらない。
「はぁ? お前ら、コイツが普段どれくらいイタイ格好しているか知ってるか? 証拠みせてやるよ」
亨介はスマホを取り出し、操作する。
なにをするのかと思って見ていると、時代劇のご老公のお供が印籠でも出すかのように、こちらへと画面を向けようとした。
だけどそれを萌依たちに見せるより先に、横から伸びてきた手が亨介の手首を掴んだ。
「ろくでもない男だとは思っていたが、隠し撮りとは品性のかけらもないな」
そう言って亨介からスマホを取り上げるのは、蒼弥だ。
どこから現れたのか知らないが、チノパンで開襟シャツにジャケットを羽織る蒼弥は、片手で亨介の手を捻ったまま、もう一方の手で取り上げたスマホの操作をする。
オフィスで見かける三つ揃えのスーツとまではいかないが、洒落た装いの彼は、披露宴の参列者に紛れても違和感がない。
(早瀬社長がどうしてここに?)
名前を口にしていいかわからず、黙って目を丸くする萌依の見つめる先で、蒼弥は亨介のスマホの操作を続ける。
「おいっ、返せっ! ……ッ」
蒼弥に強く手首を掴まれたのか、亨介が痛みに顔を顰めた。
「彼女を隠し撮りした写真だけ削除させてもらう」
蒼弥が苛立った声で言う。
どうやら先日ハルモニアを訪ねてきた際に、萌依の姿を隠し撮りしていたらしい。
その目的はもちろん、萌依を笑いものにするためだろう。
あまりにも悪趣味な彼の行為に、周囲がざわめく。
そんな中、スマホの操作を終えたスマホを亨介に返した。そのついでに、掴んでいた亨介の手を離す。
「テメエ、なにしやがっ……あっ」
投げ捨てるようにスマホを返された亨介が、体を反転させて息を呑む。体の角度を変えことで、自分の手首を掴んでいたのが誰なのか理解のだろう。
「は、ハルモニアの早瀬社長」
亨介の言葉に、周囲がざわつく。
「十和企興の社員の無礼な姿を見るのは、これで二度目だな」
「いえ、これはその……」
侮蔑の眼差しを向けられ、亨介は、ごにょごにょと言い訳の言葉を探すけど、蒼弥はそれに耳を傾けることなく、萌依へと視線を向けて甘く微笑む。
「萌依」
軽やかな声で蒼弥が萌依の名前を呼んだ。
その姿は、待ち焦がれていた恋人との再会を喜んでいるかのようにも見えるけど、萌依にはこれがただの茶番とわかっている。
引き続き彼がこの場にいるのかは不明だけど、敵認定した相手には、その人が一番嫌がる角度から仕掛ける主義と話していた蒼弥ことだ。亨介が一番嫌がる角度からケンカを売っているだけなのだ。
それだというのに、親しげに萌依の名前を呼ぶイケメンの突然に周囲がざわつく。
「え、早瀬社長っ!」
「ハルモニアの?」
(しまった)
彼が誰なのか周囲に気付かれる前に、この場から連れ出すべきだった。
萌依が後悔していると、今田が大きな声をある。
「そうだ。この人、ハルモニアの社長の早瀬さんよ! 取材の記事を見たことあるわ」
その声に、離れた場所にいた人たちもざわつき始めた。
一度そうだと気付けば、蒼弥には隠しようのない存在感がある。
彼に引き寄せられるように人が集まりざわつき始めると、眞希子が勢いよくこちらへと駆けてきた。
「ちょっと、朝比奈のことを、こらしめるてくれるんじゃなかったの?」
周囲のざわめきを見て、自分が思っていたような状況になっていないと気付いたのだろう。眞希子は、亨介の腕を引いて険しい表情で詰め寄る。
どうやら萌依に恥をかかせようと、亨介をけしかけ、遠くから成り行きを見守っていたらしい。
「懲らしめる?」
蒼弥の声に彼を見た眞希子はハッと息を呑んだ。
頭に血が昇り、周囲にあまり目がいっていなかったが、至近距離で顔を合わせたことで、今更ながらに彼の存在に気付いたらしい。
蒼弥と目が合った眞希子は、急に瞳を輝かせて媚た笑みを浮かべる。
「えっと……、なんのことかしら? あら、朝比奈さん、元気そうでよかったわ。急に会社を辞めてから、先輩として心配してたのよ」
白々しい言葉を口にする眞希子は、自分は萌依に命令する権利があるとでも言いたげな態度で続ける。
「それで、そちらの方はどなた? 紹介していただける?」
離れた場所にいた眞希子は、蒼弥が萌依の関係者であることは理解できても、彼が誰であるかまでは理解していなかったようだ。
蒼弥が眞希子に冷めた視線を向ける。蒼弥の纏う空気が、再び冴え冴えとしたものへと戻っていく。
その変化を肌で感じ取って、萌依は内心やめてくれと慌てた。
なにせ蒼弥は、敵認定をした相手には容赦ない上に、相手が一番嫌がる角度から仕掛けるのを常としているのだ。
眞希子が蒼弥に熱っぽい眼差しを向けているこの場合……。
「あ、えっと館野さん、こちらは……」
とにかく急いで蒼弥を紹介し、早く彼をこの場から連れ出そう。
そう思い、萌依が蒼弥を紹介しようとした。だけどそれより早く、蒼弥が萌依の肩に腕を回して自分の方に引き寄せた。
「キャッ! しゃ、社長っ近いです」
慌てる萌依の反応を楽しむように、蒼弥は涼しい顔で言う。
「萌依、仕事以外の時間にその呼び方をするのはやめてくれって言っているじゃないか。俺のことは『蒼弥』と呼んでくれと言っただろ」
「なっ……」
それは昨日、買い物をするときに交わした会話のことを示しているのだろうか。
確かにプライベートな時間まで『社長』と呼ばれるのは落ち着かないと蒼弥に言われた。その際、冗談で『蒼弥と呼んでくれてもいい』とは言われたが、そこだけ切り取られると、大きく印象が違ってくる。
甘いマスクの蒼弥が、親しげな口調でそんなことを言えば、周囲はふたりが親密な関係と思うだろう。
案の定、周囲からは「きゃ〜」と甘い悲鳴が上がるし、眞希子は、驚愕の表情を浮かべている。
突然のことに声が出てこず、萌依が口をパクパクさせていると、騒ぎに気付いた仁美夫妻が様子を見にきた。
「萌依、この人は?」
招待した覚えのない蒼弥に気付いて、仁美が警戒する。仁美はそのまま、萌依を自分の方に引き寄せて、蒼弥を睨んだ。
仁美態度に、蒼弥が気を悪くする様子はない。さっきまで萌依の肩を抱いていた手を、自分の胸に添えて突然の乱入を詫びる。
「招待客でもないのに、騒ぎを起こしてしまって申し訳ありません。萌依を迎えに来る時間を間違ってしまったみたいで、そろそろ式が終わるかと思って覗きにきたら悪目立ちしてしまって」
せっかくの結婚式で、あまり騒ぎを大きくしてもいけないと思ったのだろう。亨介の盗撮の件には触れずに、自分がこの場にいる理由を説明する。
それは蒼弥の配慮なのだろうけど……。
「萌依っ!」
仁美が声を跳ねさせる。
「萌依、あなた、この人とどういう関係なの? 『萌依』だなんて、『萌依』だなんて」
視線を蒼弥から萌依へと移して仁美が早口に続ける。
どうやら彼女には、見知らぬ男性がこの場所にいることより、その彼が、萌依に親しげな態度を取ることの方が大問題らしい。
「変なタイミングでの自己紹介になってしまい申し訳ありませんが、私はハルモニアの社長を務めさせていただいている早瀬蒼弥と申します。あいにく休日のため名刺は持ち歩いていませんが、もし疑うようでしたら、弊社のホームページででも顔を確認していただければと思います」
仁美が視線で、萌依に事実かと確かめてきた。
萌依が頷くと、仁美は「そのハルモニアの社長さんが、どうして萌依のお迎えを?」と戸惑いを深める。
口調としては疑問形式だけど、祈るように両手を組み合わせて瞳を輝かせる仁美の中では答えが決まっているらしい。
「それはですね……」
「待って仁美、絶対に違うからっ」
薄く微笑む蒼弥が言い出しそうなことを察して、萌依は慌てて会話に割り込む。だけど蒼弥は、それを無視して続ける。
「萌依にプロポーズ中なので、少しでもポイントを稼ぎたいんです」
萌依の妨害など気にせず発した蒼弥の言葉に、周囲が大きくどよめいた。
「そんなこと、あるわけないじゃないっ! ハルモニアの社長が、朝比奈にプロポーズだなんてっ!」
ヒステリックに叫んだのは眞希子だ。
だけど周囲のどよめきにかき消されて、眞希子の意見に同意を示す声は上がらない。
それがよほど悔しかったのだろう。頬が痙攣するほど強く奥歯を噛み締めた眞希子が、萌依を睨む。
ただひとり亨介がオロオロして、彼女の肩に手を触れさせるが、眞希子の方はそれを煩わしいらしい。
乱暴に、亨介の手を振り払う。
萌依はといえば仁美や今田が大騒ぎするので、眞希子たちの相手をするどころではない。
「萌依、今のホント? あなた、ハルモニアの社長にプロポーズされたの?」
「違うの、確かにプロポーズはされたけど、そういうんじゃなくて……」
「キャ〜ッ! 本当にプロポーズされたんだ」
「どうして教えてくれなかったの? 心配してたのよ」
噓のつけない萌依が、言葉を選んで訂正しようとした声が、周囲の歓声に呑み込まれていく。
その状況に圧倒されて、萌依が口をパクパクさせていると蒼弥が人の悪い笑みを浮かべて言う。
「彼女の性格をご存知ならご理解いただけると思いますが、私の社会的立場を考えて、友人にも打ち明けずにいたんです」
(なに言ってるんですか!)
萌依はカッと目を見開いて蒼弥にアイコンタクトを送るが、彼は動じない。
「萌依が話したいなら、全てをありのままに話してくれても、俺は構わないんだよ」
甘い微笑みを添えて、そんなことを言う。
それはつまり、お互い愛も恋も面倒だと思っているからこそ、契約結婚を提案したということをありのまま話して構わないということだろうか。
彼の秘書である萌依として、そんなこと言えるわけがない。
「ごめん、ちょっと事情は説明しにくいかも」
萌依がうなだれて詫びると、人のいい仁美は「相手が早瀬社長なら仕方ないよ」と、理解を示してくれる。
「でもすごいシンデレラストーリーだよね。本当に、転職して正解だよ」
今田が言う。
他の人たちも、口ぐちに萌依と蒼弥の関係を祝福してくれる。その誰もが、萌依が蒼弥のプロポーズを受け入れると思い込んでいることに、萌依としてはめまいを覚えた。