愛とか恋とかウザいので
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 十日前、引越しと婚姻届けのサインを済ませた萌依は、蒼弥のサインが終わるのを待って幾つかの条件を出してきた。
 一つ目は、直接会って祖父母に報告するまで、ふたりの結婚の報告は、必要最低限に押さえてほしいという。心から自分の幸せを願ってくれている祖父母には、気持ちを落ちつけから、萌依が納得できる形で報告したいのだという。
 二つ目は、結婚後も職場では旧姓を使いたいということ。職場で蒼弥と同じ名字を名乗ると周囲が戸惑うだろうからということだ。
 そして三つ目は、家賃や光熱費をかからない分、料理などの家事は萌依に任せてほしいということだ。

「この条件を聞いてもらえても、早瀬さんとの結婚を辞める気はありませんので、無理し聞き入れてもらわなくても大丈夫です」

 萌依は、最後にそう締めくくった。その意思表示として、先にサインをしたのだろう。
 ならそれは、契約結婚の条件ではなく、ただのお願いだ。

「結婚の報告や名字の件に関しては、それで構わないが、家事は気を遣う必要はないぞ。お互い忙しいんだから、食事は適当に外食を済ませればいいし、掃除はハウスキーパーに任せればいい」

 蒼弥はこれまでそうしてきた。

「家事に関しては、任せてもらえる方が、私が落ち着きます。今までもずっと、自炊だったし」

「毎日の食事も?」

 蒼弥としては、彼女の仕事量を知っているからこそ驚きだったのだが、萌依は自分の料理の腕前を疑われたと思ったらしくムッとする。

「自分で言うのも変ですけど、私けっこう料理上手ですよ」

 子供の頃から家の手伝いをしていたし、ひとり暮らしを初めてからは、節約のためにも自炊していたとのことだ。

「なるほど」

「といっても、早瀬さんが私の手料理に抵抗があるなら、遠慮なく断ってください」

 萌依が言う。
 蒼弥としては、萌依の負担を心配しただけだ。

「まさか。楽しみにしておくから、その辺は萌依の好きにしてもらって構わない。そんなことより、自分も〝早瀬〟になる覚悟をしたなら、そろそろその他人行儀な呼び方はやめてもらえないか」

 相変わらずな萌依の生真面目さを面白く思いつつ、そうツッコむと萌依が『あっ!』という顔をした。

「えっと……じゃあ、蒼弥さん」

 口元を手で隠し、難解な異国語を初めて口にするようなぎこちなさで萌依が蒼弥の名前を呼んだ。
 男性を下の名前で呼ぶことに慣れていないのか、これから夫になる人の名前を呼んだだけなのに、萌依の頬が赤く染まる。

「よろしく奥さん」

 彼女の初心な反応が面白くて、そう揶揄うと、萌依は顔どころか耳まで赤く染めて口をパクパクさせた。
 どうやら悪ふざけが過ぎたらしい。

「婚姻届けを出しに行こう」

 事実を述べただけなので、謝るのも変な気がして、蒼弥はそう声をかけて婚姻届けを手に立ち上がった。
 自分たちの入籍は、わざわざ祝うようなことではないのだろうけど、お詫びに、結婚届を役所に出した後は美味しい食事をご馳走しようと蒼弥は思った。
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