愛とか恋とかウザいので
確かに、十和企興に一部の仕事を任せることにしたが、その内容までは告げていない。
十和企興は名の知れた広告代理店だが、蒼弥は、本来下請けか孫請けに発注するような雑用としか呼べない仕事しか発注する気はない。
館野常務が『俺の力』と、散々周囲に大きな顔をした後で、ハルモニアにとっての己の扱いの程度を思い知ればいい。
館野常務はかなり傲慢な性格をしているので、社内には不満を抱く者も多くいるだろう。そうなればそういった人たちが、面白おかしくはやし立てる。
プライドの高い彼にとって、それはかなりの屈辱だ。
(父親の方はそれでいいとして……)
蒼弥は館野を見た。
「あら、そんなにまじまじと見つられると恥ずかしいですわ」
こちらの冷めた眼差しに気付くことなく、眞希子はくすぐったそうに笑う。
本人は、己が美しく見えるよう、計算づくしの笑顔を見せたつもりなのだろう。だけど蒼弥としては、甘やかされて育った者特有の傲慢さを鼻にかけているようにしか見えない。
蒼弥は眞希子から視線を逸らして館野常務に問いかける。
「ところで娘さんは、十和企興で、どういったお仕事をされているんですか?」
「娘ですか? ウチの娘は、……後輩の育成のために是非にと頼まれ、庶務課で……かなりのお荷物社員がいて手を焼いています。ほら、役員の娘があまり華やかな場所で活躍すると、それを妬む者も出ますから……」
館野常務が歯切れ悪く説明する。
企業において不要な部署などないし、仕事は適材適所、その人に適正のある業務を任せればいい。
ただそれだけのことなのに、一定の部署を見下した言い方をする館野常務の言葉に、彼の下で働く社員を気の毒に思う。
それに彼は眞希子が庶務課にいる理由を『後輩の育成のために是非にと頼まれ』などと言っているが、彼女自身が庶務課で一番のお荷物であると、萌依の友人の結婚式で同僚たちがぼやくのを耳にしている。
「なるほど、それは責任ある立場ですね。周囲に期待されているのであれば、それをおろそかにするわけにはいかない」
「ええ。そうですね。私がいないと仕事が回らないなんて、困ったものです」
蒼弥の言葉に、眞希子が誇らしげに胸を張る。
心の中で『噓をつくな』とツッコミを入れつつ、蒼弥は、人好きのする笑顔を浮かべて続ける。
「では今後、この件に娘さんが関わることはないですよね?」
「え、はい。……そうなりますね」
脊髄反射のごとく館野常務が頷くと、眞希子が「パパっ」と父親を窘めるがもう遅い。言質は取った。
「私は公私混同を嫌う主義なので、娘さんとお会いするのは、これで最後になりますね」
公私混同を嫌うとは、我ながら大嘘もいいところだと笑いたくなる。
萌依を守るために十和企興との仕事をねじ込む己こそ、公私混同甚だしい。もちろんその自覚はあるが、まあその辺は仕事で返すので、許していただこう。
「そんな。だって私は……」
眞希子がなにか言おうとするが、彼女の言葉に耳を傾けるつもりはない。
蒼弥は、館野常務に向けて釘を刺す。
「以前お約束いただいたことですが、この件は私の裁量で進めていることなので、もし十和企興の社員が、弊社の他の社員に連絡を取るようなことがあれば、今後ウチとの取引はないものと思ってください」
「あ、う……っ」
館野常務は視線をさまよわせて言葉を探す。
もし彼が娘を制御出来ずに、萌依に迷惑をかけるようなことがあれば、宣言どおり十和企興との関係を切るまでだ。
その際はもちろん、その責任が誰にあるのか明言させてもらう。そうすれば十和企興の方で、館野親子にそれなりの処分を下す。
そうなれば、この親子に媚びることで出世しようとしている萌依の元カレにも影響が及ぶだろう。
「では、そういうことで」
言いたいことは言わせてもらったので、これ以上この親子と一緒にいる必要はない。
ふたりに背を向けて歩き出そうとした蒼弥の背中に、眞希子のヒステリックな声が飛んでくる。
「早瀬さんがそんなこと言うの、あの女の入れ知恵ですか?」
「あの女?」
怒りのあまり頭の芯が熱くなる。蒼弥が苛立ちに目を細めて振り返ると、眞希子が前のめりに詰め寄る。
「朝比奈のことです。あの女、自分の恋人を私に横取りされたって、私のことを逆恨みして、私を貶めるような噂ばかり流しているんです。私が秘書課に異動できずに庶務課止まりなのも、そのせいなんです」
自分に都合よく現実を歪めている彼女の話は支離滅裂だ。
先ほど、庶務課で責任ある仕事を任されていると胸を張ったばかりだというのに、自分が辻褄の合わない話をしていると気付かないのだろう。
蒼弥は、煩わしげに息を吐く。
「それは、私の人を見る目を疑っているということでしょうか?」
苛立ちを隠さない蒼弥の声に、眞希子がハッと息を呑んだ。
「そ、そう言うわけじゃ……ただ、私は、早瀬さんに私のことを正しく知ってほしくて……」
「それなら、十分理解しているつもりです」
蒼弥にとって眞希子の声は、不快な雑音でしかない。
強い口調で相手の声を遮って続ける。
「だからこそ、私は私の大事なパートナーである萌依に、あなたを近付けたくない。それをご理解いただけないのであれば、本気で潰しますよ」
後半の言葉は、眞希子ではなく館野常務に向けたものだ。
蒼弥の気迫に、これがただの脅しでないと理解した館野常務がコクコクと頷く。
権力を鼻にかけて傲慢に振る舞うのが嫌いなだけで、蒼弥が本気を出せば、館野常務の立場など危ういものだ。
格の違いを忘れるなと視線で脅して、蒼弥は今度こそふたりに背を向けて萌依を探しに行く。
十和企興は名の知れた広告代理店だが、蒼弥は、本来下請けか孫請けに発注するような雑用としか呼べない仕事しか発注する気はない。
館野常務が『俺の力』と、散々周囲に大きな顔をした後で、ハルモニアにとっての己の扱いの程度を思い知ればいい。
館野常務はかなり傲慢な性格をしているので、社内には不満を抱く者も多くいるだろう。そうなればそういった人たちが、面白おかしくはやし立てる。
プライドの高い彼にとって、それはかなりの屈辱だ。
(父親の方はそれでいいとして……)
蒼弥は館野を見た。
「あら、そんなにまじまじと見つられると恥ずかしいですわ」
こちらの冷めた眼差しに気付くことなく、眞希子はくすぐったそうに笑う。
本人は、己が美しく見えるよう、計算づくしの笑顔を見せたつもりなのだろう。だけど蒼弥としては、甘やかされて育った者特有の傲慢さを鼻にかけているようにしか見えない。
蒼弥は眞希子から視線を逸らして館野常務に問いかける。
「ところで娘さんは、十和企興で、どういったお仕事をされているんですか?」
「娘ですか? ウチの娘は、……後輩の育成のために是非にと頼まれ、庶務課で……かなりのお荷物社員がいて手を焼いています。ほら、役員の娘があまり華やかな場所で活躍すると、それを妬む者も出ますから……」
館野常務が歯切れ悪く説明する。
企業において不要な部署などないし、仕事は適材適所、その人に適正のある業務を任せればいい。
ただそれだけのことなのに、一定の部署を見下した言い方をする館野常務の言葉に、彼の下で働く社員を気の毒に思う。
それに彼は眞希子が庶務課にいる理由を『後輩の育成のために是非にと頼まれ』などと言っているが、彼女自身が庶務課で一番のお荷物であると、萌依の友人の結婚式で同僚たちがぼやくのを耳にしている。
「なるほど、それは責任ある立場ですね。周囲に期待されているのであれば、それをおろそかにするわけにはいかない」
「ええ。そうですね。私がいないと仕事が回らないなんて、困ったものです」
蒼弥の言葉に、眞希子が誇らしげに胸を張る。
心の中で『噓をつくな』とツッコミを入れつつ、蒼弥は、人好きのする笑顔を浮かべて続ける。
「では今後、この件に娘さんが関わることはないですよね?」
「え、はい。……そうなりますね」
脊髄反射のごとく館野常務が頷くと、眞希子が「パパっ」と父親を窘めるがもう遅い。言質は取った。
「私は公私混同を嫌う主義なので、娘さんとお会いするのは、これで最後になりますね」
公私混同を嫌うとは、我ながら大嘘もいいところだと笑いたくなる。
萌依を守るために十和企興との仕事をねじ込む己こそ、公私混同甚だしい。もちろんその自覚はあるが、まあその辺は仕事で返すので、許していただこう。
「そんな。だって私は……」
眞希子がなにか言おうとするが、彼女の言葉に耳を傾けるつもりはない。
蒼弥は、館野常務に向けて釘を刺す。
「以前お約束いただいたことですが、この件は私の裁量で進めていることなので、もし十和企興の社員が、弊社の他の社員に連絡を取るようなことがあれば、今後ウチとの取引はないものと思ってください」
「あ、う……っ」
館野常務は視線をさまよわせて言葉を探す。
もし彼が娘を制御出来ずに、萌依に迷惑をかけるようなことがあれば、宣言どおり十和企興との関係を切るまでだ。
その際はもちろん、その責任が誰にあるのか明言させてもらう。そうすれば十和企興の方で、館野親子にそれなりの処分を下す。
そうなれば、この親子に媚びることで出世しようとしている萌依の元カレにも影響が及ぶだろう。
「では、そういうことで」
言いたいことは言わせてもらったので、これ以上この親子と一緒にいる必要はない。
ふたりに背を向けて歩き出そうとした蒼弥の背中に、眞希子のヒステリックな声が飛んでくる。
「早瀬さんがそんなこと言うの、あの女の入れ知恵ですか?」
「あの女?」
怒りのあまり頭の芯が熱くなる。蒼弥が苛立ちに目を細めて振り返ると、眞希子が前のめりに詰め寄る。
「朝比奈のことです。あの女、自分の恋人を私に横取りされたって、私のことを逆恨みして、私を貶めるような噂ばかり流しているんです。私が秘書課に異動できずに庶務課止まりなのも、そのせいなんです」
自分に都合よく現実を歪めている彼女の話は支離滅裂だ。
先ほど、庶務課で責任ある仕事を任されていると胸を張ったばかりだというのに、自分が辻褄の合わない話をしていると気付かないのだろう。
蒼弥は、煩わしげに息を吐く。
「それは、私の人を見る目を疑っているということでしょうか?」
苛立ちを隠さない蒼弥の声に、眞希子がハッと息を呑んだ。
「そ、そう言うわけじゃ……ただ、私は、早瀬さんに私のことを正しく知ってほしくて……」
「それなら、十分理解しているつもりです」
蒼弥にとって眞希子の声は、不快な雑音でしかない。
強い口調で相手の声を遮って続ける。
「だからこそ、私は私の大事なパートナーである萌依に、あなたを近付けたくない。それをご理解いただけないのであれば、本気で潰しますよ」
後半の言葉は、眞希子ではなく館野常務に向けたものだ。
蒼弥の気迫に、これがただの脅しでないと理解した館野常務がコクコクと頷く。
権力を鼻にかけて傲慢に振る舞うのが嫌いなだけで、蒼弥が本気を出せば、館野常務の立場など危ういものだ。
格の違いを忘れるなと視線で脅して、蒼弥は今度こそふたりに背を向けて萌依を探しに行く。