わたしのこと、まだ好きですか?
クリスマス・イブ
十二月二十四日になった。クリスマス・イブだ。
田舎の村では規模が小さいながら創意工夫してイルミネーションなど華やかな演出をしている。天気は雪。地方ゆえ早くも雪が見事に積もっており、気温は低く寒い一方、カップルは熱気があって甘いひと時を過ごそうとしている。夕方だ。田舎の冬は特に都会に比べて日没が早く、十六時過ぎには暗くなってくる。
俺は使い古したマフラーを首に巻き、黒いコートの襟を立てて、一人でイルミネーションを観に来ていた。ポケットに手を入れ、中のカイロを握っている。
感覚的なもので、心不全が起きる時間は聞いていなかった。たぶん二十五日の日付変更線をまたいだ頃に俺は死ぬのだろう。苦しいのかどうか、随分と調べた。
心筋梗塞となり、酸素が豊富に含まれた血液が脳に流れて行かなくなり、意識を失う。それが十数分後ぐらいだという。昔の脳医学者がギロチン刑で亡くなった犯罪者の目が動くので、意識があるなら目を動かせと問うて、首を斬られた後、どれぐらい意識があるのかを何人もの受刑者を使って調べたそうだ。
まぁ特に論文を見つけて読んだわけではないし、そもそも医学系の論文は英語どころかドイツ語が多かったという。原文では読めないのでネットで日本語訳とか言及している人を探してみた。で、医師らしき先生が見つかったので、苦しいのか、意識が飛べば楽になるのか、どれぐらいが楽になる最短なのか、質問のメールを送ってみた。
返事があったが、嘘みたいに丁寧だった。いい先生だ。
使い古したマフラーが緩んだ。このマフラーは小学五年生の頃、小さい指を一生懸命に動かして編んだ加代のお手製である。冬になると毎年このマフラーを巻いていた。
『来年にはまた編んでプレゼントするからね』
加代はそんな宣言をしてくれていた。残念ながら崖落下を契機として互いの距離が空き、疎遠となって今に至る。
(そんなこともあったなぁ)
俺は歩きながら最後の夜を楽しもうと思っている。
意外とあっという間に今の時まで進んだ気がする。普通、子供と大人では進む時間の体感に差がある。同じ十分なのに、子供の頃の体感時間は結構長いよな。それなのに俺の小学校六年生から中学三年の今に至る時間は大変早く進んだと思える。
進路相談などは第一志望の高校を記入し、普段は恥ずかしくない程度の勉強をして、ゲームや読書、映画鑑賞などで時間を潰したが、吉田の作った俺への悪評で友人も出来ず、会話は基本、家族ばかりだった。
イルミネーションを観ながら死ぬのか。
山頂の祠へ最後のお参りをして謎の神様と会話を楽しんで死ぬか。
自宅へ戻って父母に見守られながら死ぬか。
いっそのこと死を待つのではなく、先に首吊ったり飛び降りて死んでやろうか。
川に入れば低体温症で眠るように死ねるかな。
雪が積もったベンチに座った。手で多少の雪は払ったが、ベンチの木の隙間に雪が残っており、座るとヒンヤリした。多少、濡れるだろうが、それすらも生きているという感じがして心地よかった。
ベンチに座りながらマフラーを触り、人々が行き交う姿を静かに眺めていた。カップルが多かったが、意外と一人で歩いている人たちも多く居た。ただ家に急ぐ人、家庭でクリスマスの夜を楽しむのだろうか、異性との待ち合わせに遅刻しそうなのだろうか。みなさん幸せそうに感じる。
(加代……)
呆けていたこの時、ぽんと後ろから肩を叩かれた。
『風間、風間くんだよね、何してるの? 偶然ね』
クラスメイトの女の子だった。
「妃美さんか……。こんばんは。そうだね、偶然といっても狭い村の中だから」
『彼女待ちかな、なんか暗いよー?』
「あのな、俺に彼女なんか……」
『あ、ごめん、そうだったわね』
「いいんだ。気にしないよ」
『あのさ、唐突だけどあんな奴より風間っちの方がずっと格好いいよ。元気だしなってば』
「あんな奴……吉田か。ああ、ありがとう、大丈夫だよ」
『こんなこと言うのも何だけど、班の日記帳があるでしょ。それの加代の書き込みを見ると風間っちのこと気にしてるみたいよ。班員以外には内緒なんだけどさ』
「そうか……」
『君に教えたのは特別だからね。元気出して。じゃ、私は友達と合流するから行くね』
「ありがとう妃美さん、おかげさまで元気が出たよ」
「じゃ、次は初詣かな、元気出しておいてね、またねー」
「……またね」
(またね……か)
初詣の頃には俺はいないんだよな。
◇
クラスメイトの元気はつらつな可愛い妃美さんに少し、いや、かなり癒された。
イルミネーションと人の波をぼーっと見直した。
俺の初恋は加代だったな。そして完全に失恋したのは中学一年の時。吉田太一が加代に告白して付き合い始めたからだ。小学校六年の終わりの時、つまり崖落下事件があってから入院し、退院してから俺の悪い噂が沢山あることを知った。気づいた時点で、もう小学校の卒業式までわずかだった。
加代についての噂も多くあり、あろうことか俺が彼女の頬を拳で殴ったという。ビンタじゃなく拳でだ。その拍子に加代が転んで落ちていたガラスの破片で顔を切ったのだという。俺は謝りもせずに走って逃げ、代わりに吉田が保健室に連れて行き手当てをしたという。
加代に手をあげる筈がないだろう。なぜそんな作り話を信じるんだ。
噂を修正することも出来ず、すぐに卒業となり保健室の先生に確認することもなく、中学の入学式になり悪意ある噂は引き継がれた。最悪だった。せめて保健室の先生に吉田が連れて行ったりしていないことを証言して貰えればよかった。
後の祭りだった。保健の先生はその学期で転勤となり、俺が訪ねて行っても、記録は部外者には閲覧できないよ、とキツそうな新任の保健担当教諭に言われた。きっと記録を繰って探すのが面倒だったのだろう。そういう目をしていた。
死ぬ前の最後の夜の為、色々な記憶が蘇った。
(思い出すと気分が悪くなるな)
◇
そのまま人々やイルミネーションを眺めていると、俺が期待して待っていたカップルが目に入った。
加代と吉田。
別に何かしようという訳ではない。
最後に加代の顔を見ておきたい、幸せそうな笑顔の加代を見たかっただけだ。
加代の手は吉田の左手と一緒に、彼のコートのポケットの中に入っていた。
加代はクリスマス・イブの他の幸せそうなカップルのように、いい笑顔をしていた。
(さて、加代の笑顔を見られたし、家に帰るか)
加代たちから目を離さないようにしながら立ち上がって踵を返すと、丁度その時に限って加代が俺の方に顔を向け、驚いたように目を見開いた。
俺は口パクで「サヨウナラ」と喋り、そのまま帰った。
次の日、風間圭一の死を皆が知り、驚きと共にイジメていた連中の動揺まで広がった。
「風間っちが亡くなったって? 嘘でしょ、昨日、話したのに」(妃美)
「ケイちゃんが……いなくなった……」(加代)
田舎の村では規模が小さいながら創意工夫してイルミネーションなど華やかな演出をしている。天気は雪。地方ゆえ早くも雪が見事に積もっており、気温は低く寒い一方、カップルは熱気があって甘いひと時を過ごそうとしている。夕方だ。田舎の冬は特に都会に比べて日没が早く、十六時過ぎには暗くなってくる。
俺は使い古したマフラーを首に巻き、黒いコートの襟を立てて、一人でイルミネーションを観に来ていた。ポケットに手を入れ、中のカイロを握っている。
感覚的なもので、心不全が起きる時間は聞いていなかった。たぶん二十五日の日付変更線をまたいだ頃に俺は死ぬのだろう。苦しいのかどうか、随分と調べた。
心筋梗塞となり、酸素が豊富に含まれた血液が脳に流れて行かなくなり、意識を失う。それが十数分後ぐらいだという。昔の脳医学者がギロチン刑で亡くなった犯罪者の目が動くので、意識があるなら目を動かせと問うて、首を斬られた後、どれぐらい意識があるのかを何人もの受刑者を使って調べたそうだ。
まぁ特に論文を見つけて読んだわけではないし、そもそも医学系の論文は英語どころかドイツ語が多かったという。原文では読めないのでネットで日本語訳とか言及している人を探してみた。で、医師らしき先生が見つかったので、苦しいのか、意識が飛べば楽になるのか、どれぐらいが楽になる最短なのか、質問のメールを送ってみた。
返事があったが、嘘みたいに丁寧だった。いい先生だ。
使い古したマフラーが緩んだ。このマフラーは小学五年生の頃、小さい指を一生懸命に動かして編んだ加代のお手製である。冬になると毎年このマフラーを巻いていた。
『来年にはまた編んでプレゼントするからね』
加代はそんな宣言をしてくれていた。残念ながら崖落下を契機として互いの距離が空き、疎遠となって今に至る。
(そんなこともあったなぁ)
俺は歩きながら最後の夜を楽しもうと思っている。
意外とあっという間に今の時まで進んだ気がする。普通、子供と大人では進む時間の体感に差がある。同じ十分なのに、子供の頃の体感時間は結構長いよな。それなのに俺の小学校六年生から中学三年の今に至る時間は大変早く進んだと思える。
進路相談などは第一志望の高校を記入し、普段は恥ずかしくない程度の勉強をして、ゲームや読書、映画鑑賞などで時間を潰したが、吉田の作った俺への悪評で友人も出来ず、会話は基本、家族ばかりだった。
イルミネーションを観ながら死ぬのか。
山頂の祠へ最後のお参りをして謎の神様と会話を楽しんで死ぬか。
自宅へ戻って父母に見守られながら死ぬか。
いっそのこと死を待つのではなく、先に首吊ったり飛び降りて死んでやろうか。
川に入れば低体温症で眠るように死ねるかな。
雪が積もったベンチに座った。手で多少の雪は払ったが、ベンチの木の隙間に雪が残っており、座るとヒンヤリした。多少、濡れるだろうが、それすらも生きているという感じがして心地よかった。
ベンチに座りながらマフラーを触り、人々が行き交う姿を静かに眺めていた。カップルが多かったが、意外と一人で歩いている人たちも多く居た。ただ家に急ぐ人、家庭でクリスマスの夜を楽しむのだろうか、異性との待ち合わせに遅刻しそうなのだろうか。みなさん幸せそうに感じる。
(加代……)
呆けていたこの時、ぽんと後ろから肩を叩かれた。
『風間、風間くんだよね、何してるの? 偶然ね』
クラスメイトの女の子だった。
「妃美さんか……。こんばんは。そうだね、偶然といっても狭い村の中だから」
『彼女待ちかな、なんか暗いよー?』
「あのな、俺に彼女なんか……」
『あ、ごめん、そうだったわね』
「いいんだ。気にしないよ」
『あのさ、唐突だけどあんな奴より風間っちの方がずっと格好いいよ。元気だしなってば』
「あんな奴……吉田か。ああ、ありがとう、大丈夫だよ」
『こんなこと言うのも何だけど、班の日記帳があるでしょ。それの加代の書き込みを見ると風間っちのこと気にしてるみたいよ。班員以外には内緒なんだけどさ』
「そうか……」
『君に教えたのは特別だからね。元気出して。じゃ、私は友達と合流するから行くね』
「ありがとう妃美さん、おかげさまで元気が出たよ」
「じゃ、次は初詣かな、元気出しておいてね、またねー」
「……またね」
(またね……か)
初詣の頃には俺はいないんだよな。
◇
クラスメイトの元気はつらつな可愛い妃美さんに少し、いや、かなり癒された。
イルミネーションと人の波をぼーっと見直した。
俺の初恋は加代だったな。そして完全に失恋したのは中学一年の時。吉田太一が加代に告白して付き合い始めたからだ。小学校六年の終わりの時、つまり崖落下事件があってから入院し、退院してから俺の悪い噂が沢山あることを知った。気づいた時点で、もう小学校の卒業式までわずかだった。
加代についての噂も多くあり、あろうことか俺が彼女の頬を拳で殴ったという。ビンタじゃなく拳でだ。その拍子に加代が転んで落ちていたガラスの破片で顔を切ったのだという。俺は謝りもせずに走って逃げ、代わりに吉田が保健室に連れて行き手当てをしたという。
加代に手をあげる筈がないだろう。なぜそんな作り話を信じるんだ。
噂を修正することも出来ず、すぐに卒業となり保健室の先生に確認することもなく、中学の入学式になり悪意ある噂は引き継がれた。最悪だった。せめて保健室の先生に吉田が連れて行ったりしていないことを証言して貰えればよかった。
後の祭りだった。保健の先生はその学期で転勤となり、俺が訪ねて行っても、記録は部外者には閲覧できないよ、とキツそうな新任の保健担当教諭に言われた。きっと記録を繰って探すのが面倒だったのだろう。そういう目をしていた。
死ぬ前の最後の夜の為、色々な記憶が蘇った。
(思い出すと気分が悪くなるな)
◇
そのまま人々やイルミネーションを眺めていると、俺が期待して待っていたカップルが目に入った。
加代と吉田。
別に何かしようという訳ではない。
最後に加代の顔を見ておきたい、幸せそうな笑顔の加代を見たかっただけだ。
加代の手は吉田の左手と一緒に、彼のコートのポケットの中に入っていた。
加代はクリスマス・イブの他の幸せそうなカップルのように、いい笑顔をしていた。
(さて、加代の笑顔を見られたし、家に帰るか)
加代たちから目を離さないようにしながら立ち上がって踵を返すと、丁度その時に限って加代が俺の方に顔を向け、驚いたように目を見開いた。
俺は口パクで「サヨウナラ」と喋り、そのまま帰った。
次の日、風間圭一の死を皆が知り、驚きと共にイジメていた連中の動揺まで広がった。
「風間っちが亡くなったって? 嘘でしょ、昨日、話したのに」(妃美)
「ケイちゃんが……いなくなった……」(加代)