レディ・マーメイド
束の間の平穏
樹莉が黒木に送迎されて、ロイヤルクレストから職場に通う日々が続く。
一方で亜紋は、なんとかして金盛と須藤の企みを暴けないかと日々思案していた。
二人の動向を探りたいが、黒木には常に樹莉をガードさせているし、自分は仕事上自由に動ける立場にない。
その為ほとんど情報は得られず、進展もなかった。
樹莉の仕事が休みの日、ホテルで樹莉が神谷と一緒にいる間にようやく黒木を探りに行かせる。
夜遅くに戻って来た黒木から、亜紋は執務室で詳しく報告を受けた。
「まずは金盛社長の様子をうかがおうと本社ビルに行ってみましたが、姿を現すことはありませんでした。早々に諦めて、『ゴールデンワールドホテル東京』に行ってみたところ、気になることがありまして……」
ゴールデンワールドホテル東京は、金盛が経営するホテルの言わば代表となるホテル。
そこでなにが気になったのかと、亜紋は身を乗り出した。
「金盛がいたのか?」
「いえ、いませんでした。しばらくロビーのソファでチェックインカウンターの様子を見ていたら、妙に感じの悪い男が横柄な態度でスタッフとやり取りしているのが目につきまして。さり気なく近づいてみると、その男はスイートルームに案内されていました。しかも『いつもの部屋だろうな?』と念を押していたことから、これまでにも何度かスイートに泊まっていると思われます」
亜紋は注意深く耳を傾けながら「それで?」と先を促した。
「とにかく違和感を感じた私は、フロントスタッフが『井上さま』と呼んでいたのを聞いて、声をかけてみることにしたのです。エレベーターに向かおうとする後ろ姿に『井上さま』と呼びかけて、振り向いた彼に『ホテル関係にお勤めですよね? 同業他社として挨拶させていただきたい』とハッタリをかけました」
「お前……さすがだな」
ありがとうございます、と短く答えてから、黒木な淡々と続ける。
「名刺を差し出して、『ホテル ロイヤルクレストを経営する九條グループの専務取締役秘書、黒木と申します』と名乗ると、相手の男は驚いたように目を見開きました。マズい、という表情を浮かべて『今、名刺を切らしているので』と言ってそそくさと去って行ったのですが、その時に隠し撮りした男の写真がこれです」
「黒木。知ってはいたが、お前って怖いくらいに有能だな」
舌を巻きつつ、黒木が差し出したスマートフォンの画面に目をやる。
次の瞬間、亜紋はハッと息を呑んだ。
「こいつ……樹莉を襲った男だ」
「やはりそうでしたか。あのパーティーのあと、須藤社長が電話をかけていた相手でしょう。すぐに樹莉さまを追いかけろと」
「ということは、須藤の手先か? 金盛ではなく?」
すると黒木はなにやらスマートフォンを操作して別の画面を開いた。
「実は他にも気になる点が。最近同じ日に、ホテルの情報サイトに低評価が多数つくことが多いのです。直近で言うと昨日ですね。ここロイヤルクレストにはじまり、他の一流ホテルも。普段高評価ばかりが並ぶ中にいきなり星1つの低評価がつくので目立ちます。しかもコメントが似たようなものばかりで。『清掃が雑』『スタッフが無愛想』『料理が不味い』など、どれもひと言だけなので同一人物の可能性が高いですね。ちなみにゴールデンワールドホテルにこのような低評価はついていません」
亜紋は大きく息を吐いて背もたれに身を預けた。
「つまり金盛の差し金か。ライバルの一流ホテルを妬んで、泊まってもいないのに低評価をつけさせている。見返りに、ゴールデンワールドホテル東京のスイートルームご招待。関係がスタッフに疑われないよう、ネットで予約と決済を代理で済ませているんだろうな。金盛か須藤が、井上という偽のアカウントを作って。なんと言うか、幼稚な手口だな」
亜紋はデスクに両肘を載せて考え込む。
「とは言え、証拠を掴むのは難しそうだ。お前は樹莉のガードが最優先だし、俺自身も仕事の立場上、自由には動けない。なにを突破口にすべきか……」
「海外のロイヤルクレストの大量キャンセルは、例のパーティー以降発生していません」
「なるほど、しばらくは大人しくするつもりか。俺達が怪しんでいることに気づいているからだろう。井上と名乗る男にお前が声をかけたことも、彼らの耳には入っているはずだ」
二人で考えた結果、ひとまず樹莉を守りつつ次なる機会を待つことにした。
一方で亜紋は、なんとかして金盛と須藤の企みを暴けないかと日々思案していた。
二人の動向を探りたいが、黒木には常に樹莉をガードさせているし、自分は仕事上自由に動ける立場にない。
その為ほとんど情報は得られず、進展もなかった。
樹莉の仕事が休みの日、ホテルで樹莉が神谷と一緒にいる間にようやく黒木を探りに行かせる。
夜遅くに戻って来た黒木から、亜紋は執務室で詳しく報告を受けた。
「まずは金盛社長の様子をうかがおうと本社ビルに行ってみましたが、姿を現すことはありませんでした。早々に諦めて、『ゴールデンワールドホテル東京』に行ってみたところ、気になることがありまして……」
ゴールデンワールドホテル東京は、金盛が経営するホテルの言わば代表となるホテル。
そこでなにが気になったのかと、亜紋は身を乗り出した。
「金盛がいたのか?」
「いえ、いませんでした。しばらくロビーのソファでチェックインカウンターの様子を見ていたら、妙に感じの悪い男が横柄な態度でスタッフとやり取りしているのが目につきまして。さり気なく近づいてみると、その男はスイートルームに案内されていました。しかも『いつもの部屋だろうな?』と念を押していたことから、これまでにも何度かスイートに泊まっていると思われます」
亜紋は注意深く耳を傾けながら「それで?」と先を促した。
「とにかく違和感を感じた私は、フロントスタッフが『井上さま』と呼んでいたのを聞いて、声をかけてみることにしたのです。エレベーターに向かおうとする後ろ姿に『井上さま』と呼びかけて、振り向いた彼に『ホテル関係にお勤めですよね? 同業他社として挨拶させていただきたい』とハッタリをかけました」
「お前……さすがだな」
ありがとうございます、と短く答えてから、黒木な淡々と続ける。
「名刺を差し出して、『ホテル ロイヤルクレストを経営する九條グループの専務取締役秘書、黒木と申します』と名乗ると、相手の男は驚いたように目を見開きました。マズい、という表情を浮かべて『今、名刺を切らしているので』と言ってそそくさと去って行ったのですが、その時に隠し撮りした男の写真がこれです」
「黒木。知ってはいたが、お前って怖いくらいに有能だな」
舌を巻きつつ、黒木が差し出したスマートフォンの画面に目をやる。
次の瞬間、亜紋はハッと息を呑んだ。
「こいつ……樹莉を襲った男だ」
「やはりそうでしたか。あのパーティーのあと、須藤社長が電話をかけていた相手でしょう。すぐに樹莉さまを追いかけろと」
「ということは、須藤の手先か? 金盛ではなく?」
すると黒木はなにやらスマートフォンを操作して別の画面を開いた。
「実は他にも気になる点が。最近同じ日に、ホテルの情報サイトに低評価が多数つくことが多いのです。直近で言うと昨日ですね。ここロイヤルクレストにはじまり、他の一流ホテルも。普段高評価ばかりが並ぶ中にいきなり星1つの低評価がつくので目立ちます。しかもコメントが似たようなものばかりで。『清掃が雑』『スタッフが無愛想』『料理が不味い』など、どれもひと言だけなので同一人物の可能性が高いですね。ちなみにゴールデンワールドホテルにこのような低評価はついていません」
亜紋は大きく息を吐いて背もたれに身を預けた。
「つまり金盛の差し金か。ライバルの一流ホテルを妬んで、泊まってもいないのに低評価をつけさせている。見返りに、ゴールデンワールドホテル東京のスイートルームご招待。関係がスタッフに疑われないよう、ネットで予約と決済を代理で済ませているんだろうな。金盛か須藤が、井上という偽のアカウントを作って。なんと言うか、幼稚な手口だな」
亜紋はデスクに両肘を載せて考え込む。
「とは言え、証拠を掴むのは難しそうだ。お前は樹莉のガードが最優先だし、俺自身も仕事の立場上、自由には動けない。なにを突破口にすべきか……」
「海外のロイヤルクレストの大量キャンセルは、例のパーティー以降発生していません」
「なるほど、しばらくは大人しくするつもりか。俺達が怪しんでいることに気づいているからだろう。井上と名乗る男にお前が声をかけたことも、彼らの耳には入っているはずだ」
二人で考えた結果、ひとまず樹莉を守りつつ次なる機会を待つことにした。