レディ・マーメイド
「このお店って、海の中にいる気分にならない? 照明はブルーだし、錨とか樽とかゴロゴロ飾ってあって」
「ほんとですね。カリブの海賊みたい」
「そこはリトル・マーメイドがよくない? お店の名前もマーメイドなんだし」

そう言って静香は可憐に微笑む。

「確かに静香先輩は海賊じゃないですね。人魚姫が似合います」
「樹莉ちゃんもよ。私、リトル・マーメイドのお話好きなんだ。アンデルセン童話じゃなくて、アニメ映画の方のハッピーエンド。ほら、おとぎ話って王子様が迎えに来てくれるイメージでしょ? だけどリトル・マーメイドは違うの。大好きな王子様のところに自分から行っちゃう。足をもらう為に自分の声を捨てて、最後は海での生活も捨てて人間になってまで彼と一緒に暮らす。もう大恋愛よね」

うっとりと頬に手を当てる静香に、樹莉はふと考えた。

(私はそこまでできる? 恋愛の為に全てを捨てて。彼しか見えなくて、彼の為ならなんだってできる。そういう大恋愛)

静香が「どうかした?」と顔を覗き込んできた。

「ちょっと考えてしまって……。私ならどうだろうって。私はどんなに好きな人ができても、全てを投げ出すことはできないかな。仕事も友達も家族も、同じくらい大切だし、彼がいなければ生きていけない、みたいなことにはなりたくないというか。最低限、自分の足で立っていたいんですよね」
「ふーん、なるほどねぇ」
「でもそれって、男性から見たら可愛げないですよね」
「そんなことないんじゃない? まあ、人によりけりだろうけど。俺が守ってやらなきゃって彼女を大切にするおとぎ話の王子様タイプもいれば、自立した女性が好きっていう現代的な一般男子もいるってことで」

樹莉は少し苦笑いする。

「静香先輩はおとぎ話のプリンセスが似合いますよね。彼氏さんに愛されて、とっても大切にされてるんだろうな」
「あら、樹莉ちゃんだってプリンセスよ。女の子は誰だって、自分の物語のプリンセスなんだから」
「私はプリンセスってキャラじゃないですよ」

気恥ずかしさに首を振って否定すると、静香は人差し指を口元に当てて宙に目をやった。

「んー、そうね。樹莉ちゃんはリトル・マーメイドではなくて、プリティ・マーメイドかな。プリティ・ウーマンみたいでいいでしょ?」
「プリティ・マーメイドは静香先輩のイメージですよ。可愛らしくてチャーミングで」
「樹莉ちゃんもとっても魅力的な女の子よ。じゃあ、そうね。レディ・マーメイドはどう?」

レディ・マーメイド?と、樹莉は呟く。

「そう。しっかり地に足つけてる自立した女性。でもやっぱり最後には王子様と結ばれるのよ」
「それは、どうでしょう?」

苦笑いする樹莉に、静香は身を乗り出す。

「絶対そうだって!ハッピーエンド間違いなし。ではでは、私達のおとぎ話にかんぱーい!」

グラスを掲げる静香は、酔っているのだろう。

楽しそうな静香の様子に、樹莉も笑ってグラスを掲げた。
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