レディ・マーメイド
ぎこちない二人
二人きりの車内は静かで、樹莉は運転席の亜紋を意識して緊張の面持ちになる。

亜紋の運転する車に乗るのはこれが3度目。

初めは男に襲われたところを助けられた時。
次はロイヤルクレストを離れて自宅に帰る別れの時。

そして3度目の今は、久しぶりに会えたことに喜びを感じながら。

ドレスアップしていることもあり、樹莉は気恥ずかしくて口を開けない。

(うーんと、なにかしゃべらないと沈黙が……)

そう思っていると、赤信号で停止した亜紋が、ふと樹莉に目を向けた。

(えっ、なに?)

しばらくじっと見つめたあと、亜紋が小さく「樹莉?」と呼ぶ。

「はい、なんでしょう?」
「……よかった。あまりに静かだから、声が出ないのかと思った」

人魚姫みたいに、と付け加える亜紋に、樹莉は首を傾げる。

「人魚姫、ですか?」
「そう。魔女は人魚姫のきれいな声を奪うのだろう? だから心配になった。樹莉の声は、きれいだから」
「え、そんな……」

まさか声がきれいだと思われていたとは。

樹莉は頬を赤らめてうつむく。

「樹莉、どうした?」

亜紋が心配そうに尋ねる。

「ちょっと、緊張してしまって。亜紋さんに会うのは久しぶりだし、今夜の亜紋さんはすごくかっこよくて」

すると亜紋は驚いたように目を見開き、片手で口元を覆う。

「どうかしましたか?」
「いや、まさか樹莉がそんなふうに思ってくれていたとは、意外だ」
「どうしてですか? 亜紋さんがかっこいいのはみんな知ってるし、亜紋さんだって自分でそう思ってるでしょう?」

「思うか!」と否定され、今度は樹莉が驚く。

「えっ、ご自分がかっこいいのに気づいてないんですか? でも色んな女性に『かっこいいですね』って言われるでしょう?」
「そんなの、『今日はいいお天気ですね』と一緒だろ」
「いやいや、違いますから! 目をハートにしてお天気の話なんてしませんよ」
「樹莉が目をハートにして言ってくれたら信じる」
「どうして私が? 目をハートにするのって、どうすればいいんですか?」

途端に亜紋はムッとした表情になり、前に視線を戻した。

信号が青に変わって、車が走り出す。

「あの、亜紋さん?」
「……樹莉が目をハートにするまでは信じないからな」
「ええ!? そんな……。拗ねてるんですか?」

亜紋は答えない。
拗ねている証拠だった。

(もう、変なの。かっこいいって言われてどうして拗ねるのかしら。目をハートに……。うーん、ハート型のサングラスでもつける?)

想像すると、また亜紋の怒った顔が浮かんできた。

(怖い怖い。大人しくしてよう)

無言のまま10分ほど走り、車はゴールデンワールドホテル東京に到着した。
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