レディ・マーメイド
本社に向かう亜紋を「行ってらっしゃい」と見送ると、樹莉は神谷とおしゃべりしてからスパとエステに行き、ガーデンの散歩も楽しんだ。
「樹莉さま、なにか悩みごとでも?」
肩を並べてガーデンを歩きながら、神谷がそっと尋ねる。
ずっと訊こうとしてタイミングを測っていたのだろう。
樹莉は「ううん、悩みじゃないんだけど」と小さく首を振る。
「みんなにとてもよくしてもらって、申し訳ないなって。亜紋さんにも、黒木さんにも神谷さんにも。私はそこまでしてもらうような立場の人間じゃないのに」
すると神谷は、「まあ、なにをおっしゃいますか」と真剣に話し出した。
「立場が立派な方だからとか、仕事上の大切なお客様だからとか、そんな理由を考えながら樹莉さまに接していた訳ではありません。樹莉さまが樹莉さまだから、私は精一杯おもてなしして少しでも喜んでいただきたいのです」
「神谷さん……」
「私は樹莉さまが大好きです。おしゃべりするのも楽しいし、明るい樹莉さまの笑顔が見られると私まで嬉しくて。ですから昨夜から、樹莉さまが少し元気がないのが気になって仕方なかったのですわ。私も、それから黒木さんも」
樹莉は胸が詰まる。
「そんなふうに思ってくれていたなんて、とても嬉しいです。だけど私、ここにふさわしくないでしょう? 亜紋さんの隣にも」
うつむいてそう言うと、神谷はなにかに気づいたような表情を浮かべてから、樹莉を諭すように口を開く。
「樹莉さま。今まで亜紋さまって、ずーっと真顔のままだったんです」
急になんの話を?と樹莉は神谷に首を傾げた。
「ご存じの通り、いつもどんな時もあのお顔。ですが樹莉さまと一緒にいるうちに、亜紋さまは変わりました。樹莉さまにだけは、嬉しそうに微笑まれたり、心配そうに見つめたり。樹莉さまがご自宅のマンションに帰られた時は寂しそうで、そして今朝はとても切なそうにも見えました。全て樹莉さまだからなんです。亜紋さまの喜びも幸せも、悲しみも寂しさも、切なさも愛おしさも」
ひとつひとつ言葉を噛みしめるように、神谷は樹莉に言い聞かせる。
「ですから樹莉さまも、どうか亜紋さまに心でお返事してくださいね。立場や肩書なんかに惑わされずに」
「心で、お返事を?」
「ええ」
そう言うと神谷は樹莉に優しく笑った。
「樹莉さま、なにか悩みごとでも?」
肩を並べてガーデンを歩きながら、神谷がそっと尋ねる。
ずっと訊こうとしてタイミングを測っていたのだろう。
樹莉は「ううん、悩みじゃないんだけど」と小さく首を振る。
「みんなにとてもよくしてもらって、申し訳ないなって。亜紋さんにも、黒木さんにも神谷さんにも。私はそこまでしてもらうような立場の人間じゃないのに」
すると神谷は、「まあ、なにをおっしゃいますか」と真剣に話し出した。
「立場が立派な方だからとか、仕事上の大切なお客様だからとか、そんな理由を考えながら樹莉さまに接していた訳ではありません。樹莉さまが樹莉さまだから、私は精一杯おもてなしして少しでも喜んでいただきたいのです」
「神谷さん……」
「私は樹莉さまが大好きです。おしゃべりするのも楽しいし、明るい樹莉さまの笑顔が見られると私まで嬉しくて。ですから昨夜から、樹莉さまが少し元気がないのが気になって仕方なかったのですわ。私も、それから黒木さんも」
樹莉は胸が詰まる。
「そんなふうに思ってくれていたなんて、とても嬉しいです。だけど私、ここにふさわしくないでしょう? 亜紋さんの隣にも」
うつむいてそう言うと、神谷はなにかに気づいたような表情を浮かべてから、樹莉を諭すように口を開く。
「樹莉さま。今まで亜紋さまって、ずーっと真顔のままだったんです」
急になんの話を?と樹莉は神谷に首を傾げた。
「ご存じの通り、いつもどんな時もあのお顔。ですが樹莉さまと一緒にいるうちに、亜紋さまは変わりました。樹莉さまにだけは、嬉しそうに微笑まれたり、心配そうに見つめたり。樹莉さまがご自宅のマンションに帰られた時は寂しそうで、そして今朝はとても切なそうにも見えました。全て樹莉さまだからなんです。亜紋さまの喜びも幸せも、悲しみも寂しさも、切なさも愛おしさも」
ひとつひとつ言葉を噛みしめるように、神谷は樹莉に言い聞かせる。
「ですから樹莉さまも、どうか亜紋さまに心でお返事してくださいね。立場や肩書なんかに惑わされずに」
「心で、お返事を?」
「ええ」
そう言うと神谷は樹莉に優しく笑った。