白い薔薇が花ひらくまで〜総合病院の跡取り令息のコレクション〜
横浜のみなとみらいのラグジュアリーホテル。
ル・ブラン。
国内外の要人が利用する。

蕾は白い外壁を見上げた。


(私がここのピアニストに選ばれたの、本当に奇跡よね……)


海辺に建つ38階建て。
見上げる足がすくむ。

ホテルマンに案内され、1階のカフェラウンジにたどり着いた。

上質な円卓と革の白いソファが何席も並ぶ。
ラウンジ中央には黒艶のピアノが置かれていた。


(このピアノ、高級車数台分するのよね……)


ピアノ演奏・水無月蕾(みなづきつぼみ)と札が下がる。


(スタンダードルームで、1泊10万のホテルだから……)


半年前の市内の演奏会の後、はじめて声がかかった。
ル・ブランのカフェラウンジのピアノ演奏をやってみないかと。
蕾は、そっと頷いた。


(本当に夢みたい……そう、仕事は順調……彼氏にはふられてしまったけれど)


愛の夢 第3番から、鍵盤に触れる。

スパンコールの施された純白のワンピースドレスが、手の動きに合わせてキラキラと光っていた。


「まぁ、愛の夢だわ。わたくしこの曲好きなんですよ」

「3つの夜想曲の中でも、この第3番は有名ですものね」


ザッハ・トルテを口に運びながら、マダムたちが微笑む。

お客様たちは、フォーマル姿の上流階級の人たちばかり。
蕾は背筋を正す。
ふいに男の声が響いた。


――お前って変だし、つまんないんだよ。


薄汚れたラブホテル。
遠ざかるビニール傘。


ふと胃のあたりがムカムカする。
指先がわずかに震える。
喉まで吐き気がこみ上げてきた。


「……っ」


手を止め、うつむく。
演奏が途切れる。
蕾の顔は真っ青になった。
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