壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。

 普通の幸せなど、と思いながら人を殺めてきた。
 仕方ない。
 帝国と帝国に属する多くの国、民族を守るために皇族に生まれた以上誰かがこの場所に立ち、罪なき敵兵を屠らねばならないのだ。

「シャレルット嬢には色々、待たせてしまうかもしれないな。そういうフォローもちゃんとするんだぞ」
「はあ……」



 ◇◆◇◆◇



 翌日に帝都へと帰還。
 丸一日かけて帝都に到着するとシャーリーが帝都に来るのは来週、ということだと聞かされる。
 そわ、と胸が軽く弾む。
 だが、それを聞いた兄は「早すぎる」と慌てて嫁のところへと早足で向かった。

「早いのか?」
「かなり」

 独り言のように呟いたところ、兄の部下に返される。
 思わず兄の部下の女性に顔を向けた。

「一週間以内に住む場所、護衛、世話役、衣類などを用意しなければなりません」
「なるほど。確かに時間がないな」
「ただ、一週間でいらっしゃるということですから、家具などをあまり持ち込まれないのではないでしょうか? ある程度、家具が揃っている既存の屋敷をそのまま使うしかないかと思います。改修もできなさそうですね」
「住めれば屋敷なんてどこでもいいのでは?」
「はあ……」

 なぜか呆れたように溜息を吐かれた。
 その呆れた表情のまま「新婚になるのですよ」と言われる。
 新婚なので、新居で迎える方がいいだろう、ということらしい。

「お話を聞いた限り読書が好きな方なので、図書館の近くのお屋敷がいいのではないでしょうか? 貴族街になってしまいますが」
「ああ、そうだな」
「ジルグロッセ兄様!」
「うお」

 城に入ってすぐに、迎えに来ていたらしきアビゲイルが駆け寄ってくる。
 あまりにも凄まじい勢いに、思わず軽くのけぞってしまう。

「お嫁さんを連れてきたってほんと!? どこ!? どこなの!? ジル兄様のお嫁さん!」
「こ、ここにはいない。まだ、来てない」
「えーー。なんだぁー。ジル兄様が一目惚れしたなんてめちゃくちゃ面白い……いや、素敵だと思って、楽しみにしていたのに〜」
「一目惚れ……?」

 なにを言っているのか。
 首を傾げそうになるが、その前に腕に絡みつくアビゲイル。
 相変わらずなんと姦しい。

「イガルダ兄様の手紙にあったわよ! すごく貧乏な貴族令嬢なんでしょう!? わたくしがその子に似合うドレスを見繕ってあげる! だから兄様のお金で仕立ててあげるのよ! ああ、でもその前に着替えを用意してあげるのが重要よね。ネグリジェとか! 任せてよ任せてよ! このアビゲイル・ジュリリア・ロゲオスが肌着から普段着、靴、バッグ装飾品、家具絵画までなんでも選んであげるわ!」

 ぽかん、としてしまう。
 なんでこんなに騒がしいのだろうか、この妹は。
 とりあえずシャーリーの面倒は、アビゲイルが見る気満々のようだ。

「早速夫婦の新居になる屋敷を見に行きましょう!」
「は?」
「そのために午後の公務を早めに終わらせたのよ! さあさあ! 兄様のお嫁さんと一緒に住む屋敷よ! これから兄様が帰る場所よ! 一週間で来てしまうんだから、一秒でも早く迎える準備を整えないと!」
「ちょ、ちょっと待て。引っ張るな」
「商会はもう呼んであるから! 行くわよー!」

 あまりにも凄まじい勢い。
 そのまま玄関ホール、からのボックス馬車へと詰め込まれ、馬を替えて出発。
 丸一日馬車詰めだったというのに、休む間もなく新居となる屋敷へと連行。
 いくら体力があると言っても、戦場で使う体力と移動で使う体力はまったくの別物。
 正直ベッドに飛び込んで休みたい。
 そんな願いも虚しく、連れてこられたのは国公図書館へ徒歩で通える距離の皇族所有の屋敷。
 高い壁に囲われており、ひとまず最低限の防衛力はありそうだ。
 そんなことを最初に見てしまうあたり、職業病なのかもしれない。

「アンダー、ルカ、ジュリ、元気にしていた?」
「わん! わん!」
「わんわんわん!」
「番犬か」
「ええ! 人手が足らなくても番犬がいるとだいぶいいでしょう?」
「そうだな」

 屋敷に入ると犬が三頭、駆け寄ってくる。
 大型が二頭、中型が一頭。
 すべてが訓練済みの、雑種犬。
 アビゲイルは女性の支援活動と同時に動物の保護活動も行なっている。
 主に戦場で爆弾を背負わされ、こちらに突撃させられる動物たちの保護。
 無論、本当に突撃してきた犬は死ぬ。
 犬以外にも、なんらかの毒物の実験台として鳥や猫、蛇や豚、ねずみも檻の中に閉じ込められており、その死体は毒の材料として桶の中に放置されていた。
 それを見た時、さすがに檻の中の動物たちを放置して置けないと思い、アビゲイルに相談したのだ。
 予備や訓練中の犬、実験台の動物たちを保護したあとこうして本国で訓練し直して皇族や貴族の屋敷で番犬として活躍させている。
 人間が“物”である九神教にとって、こういった動物たちも当然“物”だ。
 あの考えは本当に理解ができない。
 生理的な嫌悪感で、吐き気が止まらなかった。
 あんなものを認められるわけがない。
 認めたら、皇族以前に人間としての格のようなものが二段も三段も落ちる。
 その確信があった。
 だからこそ、負けられない。

「みんなとてもいい子なの。アンダー、ルカ、ジュリ、今度兄様のお嫁さんが来るの。仲良くしてあげてね」
「わん!」

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