壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。
「思ったよりも狭くないか?」
「二人暮らしでしょう? あまり広すぎても管理が大変じゃない。警備する人員も限りがあるし。それに屋敷は土地を確保したら新築で建てなければ。そこはジル兄様の甲斐性よ」
「ああ、そういうものか」
確かに警備の面を思うと狭い方がいい。
屋敷に入るとそこそこの玄関ホールと左右に螺旋階段。
右側にリビング。左側に食堂。
リビングの一つ奥が応接間。
食堂の奥の部屋が書斎。
二階はゲストルームが二つ。
資料室と倉庫、空き部屋が二つ。
三階が寝室。
左側が主人の部屋と、夫人の部屋。
また、右側は夫婦の寝室。
「中庭はないのか」
「ないわね。皇族が住むには確かに手狭だから、早く新しい屋敷を建ててあげたいわ。兄様がどのあたりに住みたいのか、とりあえず土地から探しておいて」
「俺が探すのか」
「当たり前でしょう。自分の自宅よ?」
確かに。
ぐうの音も出ない正論に、一人頷く。
「とりあえず屋敷の掃除は終わらせてあるけれど、寝室の家具は……やっぱりお嫁さんの趣味を聞きながら揃えた方がいいわね。でも、服はある程度揃えておいて差し上げた方がいいわ。ティヴァロニ王国の子爵家のお嬢さんなんでしょう? 裕福ではないって聞いたわ。皇族に輿入れするのだから、それなりのものを身につけてもらわないと。こればっかりは好み云々はひとまず後回し」
「そういうものか」
「そういうものよ!」
そういうものらしい。
夫人の部屋のクローゼットのカーテンを開けて、くるりと見回すアビゲイル。
女性の部屋のクローゼットは男の部屋よりもだだっ広い造り。
スカートが広がるドレスなどを大量に収納できるようにだろう。
部屋を出て、資料室を見る。
思ったよりも広く、本棚がいくつか揃っていた。
だが、空の本棚が多い。
「商人が来ているんだったな?」
「ええ。リビングに任せているわ」
「わかった」
次にリビングへ下りる。
皇室御用達の商会の商人が、立ち上がって頭を下げた。
まずはアビゲイルが女性用の下着や肌着、既製品のワンピースドレスなど軽装を様々な種類、色のものをポンポンと選んで買っていく。
サイズがわからないので、フリーサイズ。
その他に食器、銀食器、カーテンも何種類かを選ぶ。
「ずいぶん買うのだな」
「兄様のお金だからいっぱい買うわ」
「………………」
ああ、払うのは自分か。
若干意識が遠くなった気がする。
「兄様のお金なんだから、兄様もなにか注文したら? お嫁さんになにか贈り物をしないの?」
「……本を」
「本でございますか?」
「二階に資料室があるが、本棚がずいぶん空いていた。あれを埋めてほしい。二つほど本棚を空けておいて、あとは適当になにか、見繕って詰めておけ」
「本が好きなお嬢さんなの?」
「ああ」
「じゃあ、なんで本棚を二つも空けておくの? 全部埋めたら?」
「いや」
首を横に振る。
アビゲイルは納得してくれなかったが、本棚を二つ空けておくのは理由があった。
彼女の好きな本で埋めてほしいと思ったから。
空けた本棚は本が好きだと楽しそうに話す彼女が、また読み返したいと思うようなお気に入りの本で埋めていけばいい。
彼女だけの、お気に入りの本棚。
資料室の二つの本棚が埋まったら、今度は彼女の自室に新しく本棚を買ってやりたいと思う。
そうして、本棚が埋まったらまた、新しい本棚を買ってやろう。
自分が生きている限り、彼女が幸せな読書の時間を楽しめるように。
いつ死ぬかわからない戦場に、近く戻ることになる。
だから――。
「夫人の部屋にも本棚を五つほど。置ける場所に詰めるように置いてほしい」
「本棚を五つ!? しかも部屋に!?」
「リビング側にでも置けばいい」
「そんなに読書が好きな方なの?」
「ああ」
「書籍はどのようなものを取り寄せましょうか?」
「とりあえず本棚だけでいい。彼女が持ってくる本もあるだろう。どのぐらい持ってくるのかわからないが」
「だとしても本棚五つは多すぎよ、兄様」
「俺は戦場にいる時間の方が多い。彼女が時間を潰すのに、好みの本を買ってその本棚に入れて読めばいい」
「あ、ああ、そういう……」
なんでも好きだと言っていたが、適当な本は揃えておきたい。
金は預けておくので、好きなように彼女が日々楽しく幸せに生きていけるように――。
「他になにを用意したらいい?」
「ある程度は揃えておいて、彼女が来たら彼女好みのものに買い換えればいいわ。兄様、他になにか買わないの?」
「よくわからん。任せる」
「もー」
だが実際揃えられるものは一通り揃えたと思う。
買い換えなければならないものもいくつかあるが、それらはすべて彼女が来てから選んでもらわなければならない。
皇族に入るのだ。
普通の貴族以上に、身につけるもの、住む場所、家具などは豪勢なものを使わねば侮られる。
下々の者に対して皇族が潤っていることを示さなければ、『うちの国って大丈夫なの?』と不安に思われかねない。
そういった疑問は不信感となり、不信感は不満に育つ。
それなら、事前に権威を示す意味も込めて豪勢で最高峰のものを取り揃えておけばいい。
「それにしても、ジルグロッセ殿下もついにご成婚ですか。ぜひ、婚約指輪なども我が商会でご注文ください」
「婚約指輪……か」
「今から注文しておいたら?」
「そうだな。金に糸目はつけない。だが、派手で大きなものはいらない。おそらく読書の邪魔になるだろう。シンプルなものがいい」
「か、かしこまりました」


