藍色の溺愛〜あなたの声が好きすぎて〜

第四章 ふたりだけの秘密

「今、新曲作っててさ。聴いてくれる?」

「聴きたいです!」

月哉は、立ち上がると、ベンチの真ん中にスマホを置いた。

スマホの画面をタップする月哉の指先。

「まだ仮歌だし、ベースも打ち込みだけど」

スマホの内蔵スピーカーから流れるデモ音源。確かに、ベースの音は、まだ機械的だったけれど、そんなのはどうでもいいくらい、月哉のリアルで赤裸々な歌声が流れ出す。
 
ライブハウスの音とは全く違う、耳元で囁かれているような錯覚に落ちる。
 

ー*ー*ー*


音が途切れ、曲が終わった瞬間の余韻が胸の中にゆっくりと沈んでいく。

夜風の音だけが静かに戻ってきた。タイムトリップしていたかのように。

月哉はスマホの画面をタップすると、私の横顔を見つめながら、「どうだった?」とほんの少しだけ不安そうに聞いた。

私は胸がいっぱいで。

月哉のリアルで赤裸々な歌声が、熱となって今も耳を刺激している。耳の奥でループして離れない。未知数なイメージ世界に感覚が引き起こされる。身体の芯が熱くて、涙が出そう。こんな感覚になったのは初めてだ。

「好きです。あっ、ごめんなさい。好きって言葉しか出てこなくて。好きです、この曲!」

「そっか。なら、よかった」

月哉は、この曲で正解だったと納得するように頷くと、安堵した様子で柔らかい表情になった。

私は今まで、月哉は言葉を紡ぐことが上手で、才能の塊、みたいな人だと思っていた。いや、才能の塊であることに間違いはないけれど。でも、計り知れないようなプレッシャーや縛りの中で曲を作っているのかもしれない。

ビールのタイアップを取るのも、そんなに簡単じゃなかったはず。

歌詞のセンスやクオリティの高いメロディーだけでは手が届かないところに、しっかりと、心が昇華して届いている。その世界は、藍色。

「あのさっ」

月哉は、そう言い掛けた自分の言葉を打ち消すように、ビールをゴクゴクと飲み干した。

「ごめん、俺、だいぶ引き留めちゃったな。琴音さんのご両親に心配かけちゃうな」

「一人暮らしだから、平気です」

「そっか。でも女の子だからさ。ちゃんと帰さないと」

女の子って、言われると胸の奥がキュンとなって、嬉しいと感じてしまう。

スマホを見ると、もう終電は過ぎた後で。
そもそも『アーバンベリー』は、会場を借り切っている時間ぎりぎりまでライブをしてくれる。

私はそれを知っていて、呟いた。

「終電、もうないですね」

「大丈夫。タクシー止めるから、待ってて」

月哉は、公園から大通りに出ると、目を凝らし、見つけたタクシーに手を挙げた。

渋滞を振りほどいたタクシーのヘッドライトの光が滑り込んで来る。

眩しい。

私は、月哉のシャツの裾を掴んだ。

月哉は、それを望んでいたかのように手を下ろす。

タクシーが何事もなかったかのように、ふたりの前を通り過ぎてゆく。タイヤのロードノイズが消えた。

ふたりだけの世界が、またゆっくりと静寂の中に広がっていく。月哉と私の鼓動が重なった気がした。

「あの曲のタイトル、まだ決まってなくて。今夜、一緒に考えてくれる?」

月哉の甘い声に、私は、黙って頷いた。

「じゃあ、今夜は耳元で言ってあげる。『おやすみ。ゆっくり休んでね』って」

その時の私は、まだ知らなかった。その言葉をこれからも耳元で言ってもらえるようになることを。

そして、愛し合った後、月哉の胸の中で安心して眠れる心地よさを。

これが、月哉の溺愛の始まりだった。激しいだけではない、心地よい揺らぎを秘めた『藍色の溺愛』。

この愛は、まだ、ふたりだけの秘密。

月哉は私を優しく抱き寄せた。
長い繊細な指で私の唇をそっとなぞる。藍色に染まった夜風の中で、月哉の唇が、私のわずかに濡れた唇を優しく塞いだ。 


『藍色の溺愛〜あなたの声が好きすぎて〜』END
< 4 / 4 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:6

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

名探偵の導き

総文字数/2,777

ミステリー・サスペンス5ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
名探偵、赤沼光一 またもや殺人事件を解決へと導く 2017年11月23日*完結* レビュー ありがとうございました 月乃ミラ様 高山様
クリスマスイヴを後輩と

総文字数/4,421

恋愛(オフィスラブ)8ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
後藤未華子×高瀬柊司 後輩である彼を、私は誘えない。 2016年11月22日*完結* OZmall×Berry's Cafe プレミアムホテルSSコンテスト 参加作品 レビュー ありがとうございました 高山様 月乃ミラ様
重なり合う、ふたつの傷

総文字数/89,302

恋愛(純愛)209ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
『重なり合う、ふたつの傷』 子供の頃は泣けなかった でも今は泣ける あなたと出逢ったから その涙は希望の涙か それとも別れの涙か 今を生きている あなたへ贈ります 玉置梨織(たまきりお)15歳 天野蒼太(あまのそうた)15歳 神田ルミ(かんだるみ)15歳 桜井零士(さくらいれいじ)19歳 「オレ、好きだな、君の声。鼻にかかったじゃれた声」 コンプレックスだった自分の声を好きになった瞬間。 *2014年9月9日完結* どうぞよろしくお願いします レビュー ありがとうございました mira!様 高山様 さいマサ様 小田真紗美様 シュレディンガーの猫様 こみあな様

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop