【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
1.八年前
握りしめられた退学許可通知書は、佐倉麻里(さくら まり)の未来を切り取った残酷な紙切れだ。
(こうするしかなかったのよ。仕方がないこと……)
西日に染まる古い図書室の空気が、今日の終わりとともに麻里の未来の終わりを告げている。
彼女は震える指先でその通知書をぐしゃりと握りつぶした。
(もう私の夢は潰えたんだ。もう弁護士への道は閉ざされてしまった)
麻里の学生生活、そして法曹界への夢は今日、音もなく幕を閉じる。
惜しむように机をそっと撫でると、手元に影が落ちた。
「また難しい顔をしているな」
低く、柔らかな声が麻里の耳を撫でる。
麻里が顔を上げると、よく見知った先輩――福村正樹(ふくむら まさき)がそこに立っていた。
法学部の誰もが一目置くほどの頭脳を持つ彼は、全てを見通すような鋭い瞳をほんの少しだけ和らげて麻里に微笑みかける。
そして麻里が握りしめていた紙に視線を送ると、長い指先でその端をそっと撫でた。
「どうかしたのか?」
「福村先輩……私、今日付でこの学校を去ることになりました」
麻里がささやくような声で告げると、福村先輩の目が大きく見開かれた。
静寂が二人の間を流れる。
「どうして?」
当然の質問が沈黙を破った。
彼の声は落ち着いている。けれど麻里の方は、口を開けば声が震えてしまいそうだった。
(学費が払えなくなりました。だから、もう先輩と一緒に学ぶことも、議論することもできません)
喉まで出かかった真実を、麻里は懸命に飲み込む。
「一身上の都合で」
それだけ答えると、また沈黙が流れる。
完璧な彼に、自分の惨めな現実を知られたくない。最後だけは、志を同じくした「後輩」のままで彼の記憶に残りたかった。
次にその沈黙を破ったのは、先輩の小さなため息だった。
「麻里は相変わらず強情だな。俺に出来ることは黙って見送ることだけか?」
先輩の声色は今まで聞いたことがないほど、甘く柔らかい。
麻里は込み上げる涙を見せまいと小さく頷いて、そのままうつむいた。
すると頭にそっと先輩の手が触れた。
「大丈夫。麻里はどこへ行っても、どんな仕事でも、その優しさで誰かを救えるはずだから」
伝わってくる手の温もりがあまりに心地よくて、麻里は視界が潤むのを必死にこらえた。
「……はい。私、頑張ります」
それが、麻里の精一杯の嘘だった。
(さようなら、憧れの人。さようなら、私の初恋)
麻里が大学を中退したのは、彼女が二年生の時だった。
(あれから、もう八年も経つのね)
麻里はあの日と同じような夕焼けを眺めながら、懐かしそうに目を細めた。
***
(こうするしかなかったのよ。仕方がないこと……)
西日に染まる古い図書室の空気が、今日の終わりとともに麻里の未来の終わりを告げている。
彼女は震える指先でその通知書をぐしゃりと握りつぶした。
(もう私の夢は潰えたんだ。もう弁護士への道は閉ざされてしまった)
麻里の学生生活、そして法曹界への夢は今日、音もなく幕を閉じる。
惜しむように机をそっと撫でると、手元に影が落ちた。
「また難しい顔をしているな」
低く、柔らかな声が麻里の耳を撫でる。
麻里が顔を上げると、よく見知った先輩――福村正樹(ふくむら まさき)がそこに立っていた。
法学部の誰もが一目置くほどの頭脳を持つ彼は、全てを見通すような鋭い瞳をほんの少しだけ和らげて麻里に微笑みかける。
そして麻里が握りしめていた紙に視線を送ると、長い指先でその端をそっと撫でた。
「どうかしたのか?」
「福村先輩……私、今日付でこの学校を去ることになりました」
麻里がささやくような声で告げると、福村先輩の目が大きく見開かれた。
静寂が二人の間を流れる。
「どうして?」
当然の質問が沈黙を破った。
彼の声は落ち着いている。けれど麻里の方は、口を開けば声が震えてしまいそうだった。
(学費が払えなくなりました。だから、もう先輩と一緒に学ぶことも、議論することもできません)
喉まで出かかった真実を、麻里は懸命に飲み込む。
「一身上の都合で」
それだけ答えると、また沈黙が流れる。
完璧な彼に、自分の惨めな現実を知られたくない。最後だけは、志を同じくした「後輩」のままで彼の記憶に残りたかった。
次にその沈黙を破ったのは、先輩の小さなため息だった。
「麻里は相変わらず強情だな。俺に出来ることは黙って見送ることだけか?」
先輩の声色は今まで聞いたことがないほど、甘く柔らかい。
麻里は込み上げる涙を見せまいと小さく頷いて、そのままうつむいた。
すると頭にそっと先輩の手が触れた。
「大丈夫。麻里はどこへ行っても、どんな仕事でも、その優しさで誰かを救えるはずだから」
伝わってくる手の温もりがあまりに心地よくて、麻里は視界が潤むのを必死にこらえた。
「……はい。私、頑張ります」
それが、麻里の精一杯の嘘だった。
(さようなら、憧れの人。さようなら、私の初恋)
麻里が大学を中退したのは、彼女が二年生の時だった。
(あれから、もう八年も経つのね)
麻里はあの日と同じような夕焼けを眺めながら、懐かしそうに目を細めた。
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