聖女の力のない令嬢の織った布に、冷徹公爵は恋をした。



 アルシェはリディアが入ってきた音に気づいて顔を上げた。


「来たか」

「……参りました」


 挨拶としては最低限だったが、アルシェはそれ以上を求める様子もなかった。顎でこちらへ来いと示す。リディアは戸惑いながらも作業台に近づいた。

 台の上には、大小様々な土のサンプルが木の札付きで並んでいた。色が微妙にそれぞれ異なる。黒に近いもの、赤みがかったもの、灰色がかったもの。


「これは?」

「領地の各地から集めた土だ」アルシェは一つの鉢を手に取った。

「豊穣の聖女の力は土地を豊かにする。だが力が及ぶ範囲には限りがある。力の届かない土地をどう豊かにするか、それをここで研究している」


 リディアは改めて棚を見渡した。


「聖女の力に頼らない方法を、ということですか」

「そうだ」


 簡潔な答えだった。だがその言葉の重さは、リディアにはわかった。聖女の力に頼らない。三大公爵家の当主がそれを研究しているということの意味が。


「なぜ私に見せるのですか?」


 リディアは率直に訊いた。警戒を隠すつもりはなかった。

 アルシェは少し間を置いてから、作業台の端に置いてあった布を手に取った。

 リディアの息が止まった。

 薄く透けるような銀灰色の絹布。光を受けると波紋のような模様が浮かぶ、リディアが去年の秋に織り上げた一枚だった。


「これを織るのに、どれくらいかかった」

「……半月ほどです」

「聖女の力を使わずに、これだけのものを作れる」


 アルシェはリディアを見た。


「力がなければ何もできないわけではない、ということをあなたは知っている。私も同じことを考えている」




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