聖女の力のない令嬢の織った布に、冷徹公爵は恋をした。
第7章
その日の帰り道、リディアは馬車の中でずっと手を見ていた。
布越しに重なったアルシェの手の温度が、まだそこに残っている気がした。消えない温度だった。洗っても消えなさそうな、そういう温度だった。
ソフィは何も言わなかった。だが時折リディアをちらりと見て、小さく微笑んでいた。全部わかっている顔だった。長年仕えている侍女というのは、恐ろしいものだとリディアは思った。
翌日も工房へ行った。
アルシェはいつも通りだった。いつも通り作業台の前に立ち、いつも通り簡潔にリディアに話しかけ、いつも通り隣に立った。昨日のことには触れなかった。
リディアも触れなかった。
だが何かが違った。アルシェがリディアの手元を見るとき、その視線が以前より少しだけ長く留まっている気がするのを感じる。リディアが何かを言うたびに、アルシェが少しだけ早く反応した。気のせいかもしれなかった。気のせいではない気もした。
そういう日が三日続いた。
午後、リディアは新しい布の試作を終えて糸を片付けていた。アルシェは窓際に立って、外の庭園を見ていた。珍しいことだった。作業中に外を見るような人ではなかったのに。
「アルシェ様」
「何だ」
「今日は庭を見ているのですね」
「……ああ」
短い返事だった。だがそのまま黙っているのも妙な気がして、リディアも窓の外を見た。庭園では夕方の光が木々の間に差し込んでいて、芝が金色に染まっていた。