聖女の力のない令嬢の織った布に、冷徹公爵は恋をした。
第8章



 婚約が正式に結ばれたのは、秋の初めだった。

 ユーリホキラス家とネティヤ家の当主が顔を合わせ、書類を交わし、王家への届け出がなされた。それだけのことだったが、リディアには不思議と実感がなかった。あの工房で手を握られた瞬間の方が、よほど確かな重みがあった。

 婚約期間中、リディアは変わらずネティヤ邸の工房に通った。
 ただ一つ変わったのは、帰り際にアルシェが必ず門まで見送るようになったことだ。それだけのことだったが、ソフィは毎回嬉しそうな顔をした。

 冬が来る前に、リディアは織り技法の復元を完成させた。

 百年前の切れ端に宿っていたすべての要素を再現し、さらにリディア自身の工夫を加えた新しい技法として確立した。
 光の角度で異なる文様が浮かぶ布、温度によって色が変わる布、触れた者の体温を長く保つ布。聖なる力は一切使っていない。ただの糸と、積み重ねた技だけで作られた布たちだった。

 アルシェはその全てを工房の棚に並べた。


「あなたの技法を、今度こそ途絶えさせないために記録する。もう、力がないからと蔑まれないように」


 リディアは頷きながら、胸の奥が温かくなるのを感じた。百年前に力を持たずに生まれ、技法を作り上げ、しかし一人で消えていった誰かのことを思った。
 その人の仕事が今ここで続いている。一度は途絶えてしまったけど途絶えなかった。

 それだけで、何かが報われる気がした。



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