聖女の力のない令嬢の織った布に、冷徹公爵は恋をした。
リディアは歩きながら、泣かないと思った。今日こそは絶対に泣かないと思った。
無理だった。
扉をくぐって数歩で、目が熱くなった。こらえようとしたが、アルシェの目がリディアを見つめたまま、ほんの少し、柔らかく細くなった。それだけで駄目だった。
父がリディアの手をアルシェに渡した。
大きくて温かい手が、リディアの手を包んだ。
「泣いているのか」
アルシェが低く、二人にしか聞こえない声で言った。
「泣いていません」
「目が赤い」
「光のせいです」
「色硝子の光は青い」
リディアは思わず小さく笑った。笑いながら泣いていた。アルシェが静かにリディアの手を握る力を強めた。
神官が言葉を読み上げ始めた。誓いの言葉を、二人は順番に口にした。アルシェの声は低く静かで、一言一言が確かな重さを持っていた。リディアの声は少し震えたが、はっきりと届いた。
指輪が交わされた。
アルシェの指がリディアの薬指に指輪をはめる。
細い銀の指輪に、小さな緑の石が一つだけついていた。リディアが選んだものだった。派手でなく、でも確かに存在する、そういうものがよかった。
リディアもアルシェの指に指輪をはめた。
大きな手の薬指に、同じ銀の指輪が収まった。
「リディア、一生をかけて幸せにする。愛している」
「アルシェ様。私も、愛しています」
アルシェはリディアを見た。リディアも見上げた。彼はゆっくりと、リディアの額に口づけた。
完


