眼鏡フェチがバレたら、税理士さんに甘く逃げ道を塞がれました

 月額8800円で使い放題のコワーキングスペースで、私・森川しおりはいつものようにコーヒーマシンに紙コップを置き、スマホをかざした。
 軽快な決済音が鳴り、黒く四角いマシンがうんうん唸りながら動き出すけれど、いつまで経っても出てこない。

「なんで……故障?」

 スマホで施設のヘルプをスクロールしていると、後ろから声をかけられた。

「スタッフに連絡したらどうですか。奥の事務所にいるでしょう」
「あ、そっか。そうですね」

 聞き慣れた声のアドバイスに頷きつつ、振り返ると――

(……え?)

 知らない男性が立っていた。

「なに固まってるんです? あなたも故障ですか?」
「……あ、その毒舌。やっぱり瀬戸さんか」

 怪訝な顔をした彼は、私が起業した年からお世話になっている税理士の瀬戸怜司さん。
 短い黒髪でジャケットとセンタープレスの入ったスラックスをまとい、革靴はよくお手入れされていつもつやつやだ。人は外見ではないというけれど、一目で「この人に任せたい」と思わせる力がある。
 彼とは毎月ここで会うことになっていて、今日も11時に待ち合わせしていた。いつもと違うのは――彼が眼鏡をかけているということだ。

「声はそうだなーって思ったんですけど、眼鏡だったので一瞬誰かわからなくて。普段はコンタクトだったんですね」
「ええ」

 瀬戸さんがかけているのはスクエア型の眼鏡で、細いチタンのシルバーフレームが彼の知的な雰囲気とマッチしていた。男性らしい骨ばった指先が、眼鏡のブリッジを押し上げる。

(わぁ……!)

 眼鏡をクイッと上げる仕草に内心悶えていると、彼は不思議そうに胸の前で腕を組む。

「一瞬誰かわからなかったとおっしゃっていましたが。眼鏡でそんなに変わるものですか?」
「変わりますよ! すごく――」
「すごく?」
「い、いえ。なんでも……」

(……かっこいい、って言いかけちゃった)

 仕事相手にそんな浮ついたことを言うのは違う気がして、慌てて飲み込む。瀬戸さんは力説しかけて言葉を濁した私を不思議そうに見ながらも口を開いた。

「ここ数日、細かい資料確認が続いていたので目を休めているんです。森川さんも目を酷使するお仕事なんですから、無理なさらず。裸眼でいられるのは幸せなことですからね」

 そんな忠告も、右から左へ流れていく。ただ彼に見惚れていた。

「……聞いてます?」
「あっ、はい。聞いてます、聞いてます」

 ――何を隠そう、私は眼鏡フェチなのである。
< 1 / 6 >

この作品をシェア

pagetop